2011年11月30日水曜日

「アラブの春」と米国の思惑

- ある歴史家の見方 -



RTニュースの111日版が「アラブの春」について面白いコメントを掲載した。このコメントはウィリアムF.エングダールという歴史家の見解である[1]

「アラブの春」は2010年から2011年にかけてアラブ諸国に起きた政治的な動きだ。チュニジアに始まり、エジプト、イエメン、そしてリビアへと飛び火し、民衆主導のデモによって旧体制が崩壊した。政権の転覆には至らなかったとはいえ、この動きに影響を受けた国は多い。サウジアラビアもそのひとつだ。そして、この地域は石油やガスの産出·埋蔵地帯でもある。

20101217日、チュニジア南部の小都市で野菜を露店で売りながら家計を支えていた26歳の青年が市役所の前で焼身自殺した。これは無許可販売をしていたとのことで摘発を受け、それに対する抗議の出来事だった。これが注目を集め、全国的なデモとなり、チュニジア政権はあっけなく崩壊した。他の国でも注目の的となり、「アラブの春」へと発展していった。

「アラブの春」は一見歓迎すべき民主化のプロセスのように見えるが、上述の歴史家は、当然のことながら、我々素人とはまったく違った見方を持っている。人とは違った見方こそが我々一般大衆の世界観を一気に解放してくれる。その点が興味深いのだ。それを少し覗いてみたいと思う。

以下に、このRTニュース[1]の仮訳を示す。

  「米国の最終的な目標はアフリカや中東の資源を軍事力の影響下に置くことによって、中国やロシアの経済成長を妨害することにある。そうすることにより、ユーラシア大陸全体を支配下に置くことだ。」 著者で歴史家のウィリアムF.エングダールはこう明かす。

第二次世界大戦後に築き上げられた超大国が今崩壊しようとしており、今起こっている米国経済や米ドルの危機、さらには、米国の一連の対外政策はすべてがこの崩壊過程の一場面だ、とエングダールは言う。

百年前に大英帝国が崩壊しつつあったとき英国人の誰もが自国の崩壊を認めようとはしなかった。それとまったく同様に、ワシントンDCでも誰もが認めようとはしない。今起こっていることのすべては、この超大国がただ単に崩壊をくい止めようとする努力をしているだけではなく、その影響力をいつまでも世界の隅々に行使しようとする米国の意思と深くかかわっている。

ウィリアムF.エングダールが信じるところによると、中東や北アフリカでの暴動は一番最初は2003年のG8会議においてジョージW.ブッシュが提唱した計画を反映したものだ。その計画は「大中東プロジェクト」と呼ばれた。

アフガニスタンから始まって、イラン、パキスタン、そしてペルシャ湾岸地域、さらには北アフリカを経てモロッコに至るまで、「民主化」の名目の下でこれらの国々をコントロール下に置くべく陰で操ったのだ。

いわゆる「アラブの春」は周到に計画され、予め組織化され、扇動者らによってカイロやチュニジア、あるいはその他の都市では「自然発生的な」抗議デモやツイッターを活用した暴動となり、それらの動きが巧妙に利用された、とこの歴史家は指摘する。

「アラブの春」の抗議デモのリーダーの中にはセルビアのベルグラードで「キャンバス」(Canvas: Center for Applied Non-Violent Actions and Strategists - 非暴力行動と戦略のためのセンター)とか「オトポール」(Otpor: セルビア語で「抵抗」を意味する。旧ユーゴスラビアでミロセビッチ大統領に対して非暴力の反政府運動を展開し、成功を収めたことで知られている[2])といった組織の活動家から訓練を受けていた者たちがいる、とエングダールは明かす。

エングダールによると、米国国務省がイスラム世界をどのようにしたいかと言うと、ふたつの主要な動機が挙げられる。

その最初の動機は巨万の富がアラブ世界のリーダーの手中にある点だ。政府系ファンドや資源など。基本的な筋書きは旧ソ連邦が1991年に崩壊した時と全く同様だと言ってもいい。それは、IMFによる民営化、自由市場経済、等を登場させ、西側の銀行や企業がアラブ世界に入り込み、その富を略奪することだ。

二番目は中国の将来の経済成長に対して非常に戦略的な地位を占めることになるかも知れないリビアや南スーダンといった石油産出国を米国の軍事的影響圏に収めることだ、とエングダールは指摘する。

「ユーラシア大陸をコントロール下に置くことが最終的な目標だ。そして、これはズビグニュー·ブレジンスキーが1997年に著した有名な本「偉大なるチェスゲーム」で述べていることと重なる。特に、ロシアと中国ならびにこれらの国と経済的および政治的な団結を標榜するユーラシアの他の国々をコントロール下に置くことだ。」

その結果はすでに現れている。エジプトやチュニジアでは民主化がすでに経済を弱体化し、かってはアフリカで最高レベルの生活水準を誇っていたリビアはNATOの爆撃によって今や廃墟同然だ。

西側の主要国、特にペンタゴンの最大の関心事はエジプトやリビアの市民のために正常な生活環境を回復することなんかではなく、異常事態に陥った国や地域を軍事的なコントロール下に収めることだ、と歴史家は評価する。TNC、すなわち、リビア臨時政府の主たる関心事はカダフィ大佐の42年間の政権下では聞いたこともないようなNATOへの基地使用権の供与だ。

アフリコム(AFRICOM:ペンタゴンのアフリカ·コマンド)が現地の動きを調整している。興味深いことには、2006年に中国が40カ国にものぼるアフリカの国々を北京に招き、石油資源の開拓や病院の建設、インフラの整備といったIMFが過去30年間に思ったこともやったこともないような事業について署名を交わし、アフリカ外交を展開した直後にこのアフリコムが設立された。

米国が中国の利益や安全保障に真っ向から敵対しているのは本当であるが、毎年貿易で3000億ドルもの利益を上げている北京としては、単純に言って、このお金をどこかに投資したいのだが、現実にはこんなに多額の金額を吸収してくれる市場がない。北京は米国の財務省証券を買うしかない。財務省証券を購入するということは米国が推し進めている戦争に資金援助をしているも同然だ。皮肉にも、中国は直接的に自国の利益に反することをしていることになる。

ウォール街の金融の神々にとっては、生き延びるためや米ドルを維持するための唯一のチャンスは今や略奪をすることができる新たな国や地域を見つけ出すことだ。「アラブの春」はアラブ世界が所有している膨大な富を掴み取り、それを民営化する方向に向けるためのものだ、とエングダールは結論付ける。

ユーロ圏の将来も厳しい。というのは、ギリシャの財政危機はEUの下で2002年に他ならぬゴールドマン·サックスによって仕掛けが作られた。金の流れを見ると、ギリシャ危機はウォール街や米国財務省ならびに米連邦準備金制度の命令で何時でも起爆させ、その準備金、つまり、米ドルを防御することができるような仕掛けだった。

米国は世界中に次々と基地を作っている。例えば、17箇所に新しい基地が作られ、そのほとんどが空軍用だ。アフガニスタンの基地は中国との新しい戦争のためかも知れない。あるいは、多分、ロシアとの戦争のためだろう。

「ただ単に冷戦時代の歴史からという訳ではなく、それ以上に、ロシア自身は、NATOや米国の「大中東プロジェクト」が持つ著しく危険な戦略に対する反撃勢力として、建設的で安定化に向けた非常に大事な役割を演ずることができる。少なくとも、そう願いたいものだ。」
 

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私は常に思っていた。ユーロ危機は米国がユーロ圏に対して仕掛けた金融戦争だと。

派手にドンパチとやる武器を使った戦争とはまったく違って、金融戦争では目には見えない武器が使われ、非常に長いスパンの時間をかけて戦争が行われる。

この歴史家が描いた米国像は辛らつだ。しかし、その実像に非常にうまく焦点が合っていると思う。素人のピンボケ写真とはまったく違うのだ。素人が抱いている日頃の印象や断片的な思いを上手に整理し、簡潔に纏めてくれていると思う。

ユーロ危機を戦争にたとえると、ギリシャ危機はひとつの作戦でしかない。次の作戦の対象はスペインやイタリアへと移っていくことになろう。投資銀行のゴールドマン·サックスや格付け会社のスタンダード&プアーズやムーディーズはそれぞれの専門分野に特化した作戦部隊だ。そして、世界を股にかけた強力なマスコミが後押しをする。

日本や韓国に目を移すと、TPP環太平洋経済連携協定)は原子力空母に匹敵するかも知れない。日本や韓国に配備して、持ち前のクルーズミサイルを駆使して次々と作戦を展開させるのだ。日本や韓国にとって最も大きな脅威はその「ISD条項」と名づけられたクルーズミサイルだ。医療保険制度とか環境条例が狙い撃ちされることになる。

ISD条項とはInvestor State Dispute Settlementの略で、「投資家対国家間の紛争解決条項」と呼ばれる。強力な破壊力を持ったこのISD条項によって、韓国や日本にはあるが米国にはない規制によって米国の資本家が被害を受けたとして韓国や日本が提訴され、彼らによって選出された国際調停機関によって日本や韓国の政府あるいは地方自治体は莫大な賠償金をとられる。これがTPP版の収奪の仕組みだ。

このようなISD条項による被害はカナダ、米国、メキシコの3国間のNAFTA(北米自由貿易協定)で数多くの事例が起こっている。米国の隣国であり、同じヨーロッパ文化圏に属するカナダさえもが莫大な被害を受けた。

米国の隣人であるカナダやメキシコから始まって、ヨーロッパや韓国および日本も含めて、米国は一方ではこれらの国々とさまざまな同盟を結びながらも、経済戦争では他国をあくまでも搾取の対象としか見ていない。

既にその甘い味を十分に覚えた米国の資本家にとっては、従順で金持ちの韓国や日本は濡れ手に粟だろう。

歴史を見ると、米国はこうした仕掛けの名人であることが分かる。特に、坂道を転げ落ち始めた今、米国の資本家は手段を選ばない。唯、彼らは狡猾にもこれを「経済のグローバル化」、「自由経済」、あるいは、「非関税障壁の撤廃」と呼んで、あたかも、韓国や日本にもその恩恵が得られるかのように偽装した。ここに彼らの詭弁の真骨頂が見られると言えるのではないだろうか...

ウィリアムF.エングダールの上記の記事によって、「アラブの春」の向こう側にはとんでもないものが見えてきた。



出典:

[1] Arab Spring is about controlling EurasiaRT News, November 01, 2011

[2] Who Really Brought Down Milosevic?New York Times, November 26, 2000





 


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