2012年1月17日火曜日

TPPが納得できないいくつかの理由

TPPISD条項はどんな悪さをもたらすか?」と題して数日前に新たなブログを掲載したばかりである。

その後、さらに様々な情報を吟味していくうちに幾つかの事項を緊急にブログに追加して、TPP条約の不条理、あるいは、不適正さを指摘して、このブログを読んでくださる方々とその思いを共有することが基本的に最も大切だと痛感した。

何が不条理、あるいは、不適正であるかと言うと、それは米国がTPPをゴリ押しする姿勢についてである。それと並んで、日本政府が自国の国益をまったく考えず、米国の提案に盲目的に追従しているだけではないかと感じられるからだ。

下記に引用するウェブサイトを覗いていただけると容易に納得して貰えると思う。たとえ全面的に支持はできないとしても、そこには多くの有益な情報が含まれている。これらのブログは非常に真面目な内容のものであるので、安心して読み進めることができると思う。

それぞれの項目についてその一部を引用してご紹介したい。もう少し知りたいと思う方はそれぞのウェブサイトを覗いていただきたい。ここでは、「.....」で引用した部分の始まりとその終わりを示すことにする。


   予想的中:TPP参加承認を盾に大幅な譲歩を求めるアメリカ[1]: 

.....シャーリーン・バーシェフスキー元米通商代表は日本経済新聞に対し、日本はTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の一環として、農業や自動車などの分野で譲歩する必要があると語った。19972000年に代表を務めたバーシェフスキー女史は、連邦議会は米韓自由貿易協定の一環として韓国に求めた以上の譲歩を求めるだろうと指摘した。
さらにアメリカが譲歩を求める分野として、農業、自動車、牛肉輸入、非関税障壁、簡易保険といった日本との長期にわたる問題を列挙した。.....
.....全米商工会議所のアジア担当副会頭、タミ・オバーバイ氏は、非関税障壁を撤廃して米国車輸入に一定の目標数量枠を設けるなど、日本は進んで自国の市場を開放する姿勢を示すために「厳しい決断をする」必要があると述べた。.....
.....日本とアメリカが同様の合意に至れば、日本のTPP交渉参加を承認する際にカギを握る米議会に対して「果断で明確なシグナルになる」という。
この発言は全米商工会議所の幹部から発せられたものだ。最近のメッセンジャー同様、これまでその発言が取り上げられることはなかった。これは日本に何をすべきか伝える際にアメリカが使うやり方だ。その一方で、問題に関して公式には静かにしているのだ。アメリカがまたしても日本から特別サービスを受けることに、国民が慣れてほしいと思っている日本政府と結託して行っている可能性もある.....
上記の引用の最後のパラグラフには「日本政府と結託して行っている可能性もある」と述べられている。政治の世界では「さもありなん」という感じだ。多分、その見方が正解だろう。過去を遡ってみると、歴代政府にはいくつもの秘密があった。現政府には秘密なんて何もない、と信じたいところだが、それを信じることは余りにもナイーブだ。
次に、「アメリカが日本から受ける特別サービス」とは何だろうか。識者からの批判があるかも知れないが、それを恐れずに思いつくままに挙げるとすれば、その最たるものは米軍駐留経費の一部を日本が肩代わりしている「思いやり予算」ではないだろうか。
思いやり予算は日本だけー金額、負担率もダントツー」と題した坂井定雄龍谷大学名誉教授のブログが目に付いた[2]。そこには、思いやり予算について下記のような興味深い纏めが記述されている。
.....米国防総省が、同盟国の米軍駐留経費負担に関する報告書を発表したのは2000年まで。計算根拠も詳細に説明してある。その後はなぜか発表されなくなったが、総額も負担率も、順位は変わっていないと思う。金額の大きい順に転載する。
同盟国の米軍cひゅう粒経費負担(2002年):
            国名         金額(億ドル)          負担率(%
            日本                44.1                             74.5
            ドイツ                15.6                             32.6
            韓国                 8.4                               40.4
            イタリア             3.6                               41.0 .....

上記のデータは少し古く、2002年のものであるが、日本の負担率は74.5%だという。莫大な金額であることは簡単に予想できる。2010年度の「思いやり予算」は1,881億円。2010年度までの10年間の平均年間負担額は2,274億円となる。

仮に、韓国やイタリアと横並びにして、負担率を74.5%(負担率そのものはこの10年間変化がなかったとの前提で)から40%に下げると、この年間平均負担金額は2,274億円から1,221億円に低下する。差額は1,053億円。

この差額こそが、日本が米国に与えている最大の「特別サービス」ではないだろうか。過去10年間に日本が米国政府に与えた(あるいは、日本の対外政策の貧困からむしり取られたとでも言うべきか...)この「特別サービス」の合計金額は1530億円にもなる。

これに続くのは、米軍基地にかかわる日米地位協定だろう。こちらは金の問題ではなく、一国の主権の問題だ。日本の主権を犠牲にして、米兵や軍属に治外法権的な待遇を与えている。そして、それは条約で明記された「有事の際」ばかりではなくて、平時の際についても同様だ。「有事」とは、本来、日本が外国からの軍事侵攻に遭った時のこと、「戦時」を指すのではないのか。

2008年に沖縄でおこった駐留米兵による女子中学生暴行事件は基地外に居住する米兵による犯罪防止の重要性を浮き彫りにした。しかし、地方自治体は米軍基地外にどれほどの数の米兵が住んでいるのかを把握できないという。何故かと言うと、日米地位協定によって米兵や軍属に関して外国人登録が免除されているからだ。さらには、基地外での犯罪であっても、公務中の米兵や軍属の一次裁判権は米国側にある。

条文とは異なり、実際の運用面では条文を超えた扱いになっていると指摘されている。そういった運用を長年にわたって許容してきた。これは米国に対する「特別なサービス」ではないか。

「特別なサービス」の範疇に入ると思われる件は他にも数多くあるだろう。

例えば、次期戦闘機の機種が、先月、1220日に米国ロッキード·マーチン社製のF35に野田内閣によって決定された[3]。向こう20年間に42機購入するとのことだ。来年度分4機は1機あたり99億円で、防衛省は来年度予算案に盛り込む方針だという。向こう20年間の購入・維持費は総額1.6兆円。しかし、F35の決定に際しては試乗も行わず、書類審査だけで判断した。先方の提案をうのみにしたに過ぎないと報道されている。先方の提案をうのみにするとは大変なサービス振りである。

このように、日本は米国に対して様々な形で何重にもなる「特別なサービス」を提供しているということになる。

そして、今、TPPがさらに追加されようとしている。


   TPPの懸念: 遺伝子組み換え食品を大量に承認するアメリカ[4]

.....日本ではアメリカ主導のTPP(環太平洋経済連携協定)参加に関して議論が続いているため、我々はアメリカが日本に何をもたらすのか、情報を提供し続けるのがよいだろうと考えた。いまだにこの協定が日本にもたらす恩恵を探しているが、アメリカとその企業パートナーの利益を見つける方がずっとたやすい。
下記は、オバマ政権がモンサント社の遺伝子操作された「乾燥耐性」コーンを承認したという記事だ。
休暇中、米農務省はモンサント社によって開発された、「乾燥耐性」を備えているという遺伝子組み換えトウモロコシの新株を承認したと発表した。この遺伝子組み換え(GE:genetically engineered)トウモロコシ品種に反対する意見が一般から45000件近く寄せられたにもかかわらず(賛成はわずか23件)、オバマ政権はモンサント社に最新のGEトウモロコシ品種を自然環境とアメリカの食糧供給に自由に放出する許可を与えた。政府の監視や安全性追跡調査なしで、である。

Cornucopia Instituteのシニア農業政策アナリスト、マーク・A・カステル氏は「オバマ大統領とビルサック農務長官は、遺伝子組み換え食品に対する我々の懸念、疑わしい安全性、環境へのマイナスの影響、農家、とくに有機栽培農家への悪影響など気に掛けないとアメリカ国民にはっきりメッセージを送ったのだ」と語った。
さらに「これは一連の遺伝子組み換え作物の最も新しい承認に過ぎない。オバマは選挙で変化を公約したにもかかわらず、強力なアグリビジネスやバイオテクノロジーの圧力団体に断固とした態度を取る勇気がなかった」と指摘した。
農務省はモンサント社の最新GEコーン品種の承認を発表するとともに、さらに2件の申請に対し60日間の公衆意見聴取期間も設けた。1つは、より高濃度のオメガ3脂肪酸を含有するモンサント社のGE大豆である。高濃度のオメガ3脂肪酸は本来大豆には存在しない。もう1つは有毒な除草剤2,4-Dに耐性のある、ダウ・アグロサイエンス社のGEトウモロコシである.....

.....日本にとっての問題は、TPPに参加すると、日本の食用作物に関する規制をアメリカが手掛けることになるということだ。TPPの規定には、遺伝子組み換えであることを食品に表示しないというものがある。遺伝子組み換え食品は、非遺伝子組み換え食品と同様の表示で、同様の容器に入れられ一般に販売されることになるのだ。さらに、TPPの表示ルールでは、食品の原産地を消費者に知らせることが禁じられている。福島産などの放射能汚染された食品が心配な日本の多くの家庭にとって、いくらか気掛かりな話である.....
TPPに参加すると、消費者の安全のために必要な日本の食用作物に関する規制がアメリカの企業によって左右されてしまうことになる」というこの指摘は非常に重要だ。

日本は世界最大のトウモロコシの輸入国であり、日本の輸入量の90%は米国に頼っている。また、日本は大豆についてもほとんど輸入に依存している(全消費量の95%)。輸入品の4分の3は米国からの輸入だ。
日本人の家庭で毎日食卓にのぼる味噌汁や醤油、あるいは、納豆や豆腐用の大豆は、いつの日にか、遺伝子組み換え大豆に入れ替わっているかも知れない。でも、消費者はその事実さえも知る術がない。そういった国内での流通の仕組みさえもがTPPの中には組み込まれていることになる。すべてが非関税障壁であるとして撤廃を迫られることになる。恐ろしい話である。

米国の穀物メジャーや種子産業の巨大企業によるビジネス戦略のために、一言で言えば、彼らの金儲けのために、日本の消費者が振り回される。安全性に関する規制を維持することができなくなる。こうして、日本で生まれてくる子供たちの健康や生命を代償に、米企業は毎年好業績を計上することになる。日本にとっては、これは「グローバル化」あるいは「自由貿易主義」の最大の負の遺産となることだろう。理不尽なことだ。

   米国とTPPの真実 - 日本とアジアは騙されている[5]:

.....今日の自由貿易協定というものは、二国間にせよ多国間(二国以上全部の国未満)にせよ差別が根底にあることは良く知られている。そのために経済学者は優先貿易条約(PTA)と呼ぶのだ。そしてその理由で米国政府の広報マシンは差別的多国間自由貿易協定を「パートナーシップ」と呼び、協力と世界主義の偽のオーラの力を借りようとしている。
諸国はTPPに自由に参加できる。日本と中国は参加する意思を表明している。しかしよく見ると、中国は招かれざる客だ。TPPは中国の新しい侵攻性に対する反応であり、したがって政治的対立と抑制の精神で構築されているのだ。決して協力の精神ではない。

米国は貿易と関係のない事柄を含むPTAのひな形をいくつも作ってきた。だからTPPのひな形に、労働基準、資本勘定管理といった貿易と関係ない数多くの事柄が織り込まれているのは驚くにはあたらない。これらの多くは中国が協定に参加できないようにするためのものだ。
日本政府さえもTPPの目的は中国をコントロールすることだと認めている。これはあたかも日本人は中国からの保護の代償として日本の主権を引き渡すことへの言い訳であるかのように聞こえる。

最初から、TPPの見せかけの開放性は偽りだった。その目的で、TPPはベトナム、シンガポール、ニュージーランドといった弱い国から交渉が進められたのだ。これらの諸国は条件に容易く丸め込められるからだ。それから、日本の様な大国はオール・オア・ナッシングの前提でメンバーシップを提供されているのだ。
広報マシンは本質と無関係な条件の包括がTPPを21世紀向けの「高品質の」貿易協定にすると自慢をしているが、実際は国内の数個の圧力団体による搾取に他ならない。.....

この纏め「米国とTPPの真実 - 日本とアジアは騙されている」は、とくに、我々素人がTPPの政治的な本質を理解し、どこにどのような理不全な要求が含まれているかを知り、将来どういった問題が派生するかを見極め、全体像をバランス良く理解することに非常に役立つのではないかと思う。

TPPは中国が参加できないように設計されている」という指摘は重要だ。

中国は昨年日本を抜いて世界で二番目に大きい経済大国となった。そして、中国は日本にとっては輸出入でトップを占める国だ。中国は今や急速に富を築き上げている。労働者の賃金も上昇している。つまり、国全体としての購買力が急上昇しているのだ。近い将来、非常に大きな市場になることは疑う余地もない。国内市場が小さくなる一方の日本において、日本の産業界は中国市場に今まで以上にアクセスする必要がある。当初から中国が参加できないように意図されたPTTに日本が参加することは基本的に間違いだと思う。

米国政府の広報マシーンがこのTPPTrans-Pacific Partnership)という差別的多国間自由貿易協定をなぜ「パートナーシップ」と呼んで、その背後にある戦略を隠さなければならないのかについての解説は実に秀逸だ。米国政府が日本政府に迫っているこのTPPの偽善性と差別性とを良く物語っていると思う。

是非、ここに引用したブログを読んでいただきたいと思う。

そこに見られる記述の多くは、必ずしも大手メディア(新聞やテレビ)によって十分に報道されているわけではない。むしろ、日本政府によって情報がコントロールされている可能性が大きい。ただ単に外部から与えられる情報だけではなく、今や個人個人の立場から情報を発掘し、泥を洗い落とし、TPPの真の姿を理解して行く努力が求められていると思う。インターネットには膨大な情報があって、貴方の訪問を待っているとも言ってもいい。

円高ドル安への誘導に成功した米国は、これから輸出に一層注力するだろう。米国が輸出できる産業分野は農産物、自動車、防衛産業、サービス産業だ。狙った市場へのアクセスをさらに強化することだろう。

20101113日、オバマ大統領は横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)最高経営者サミットで講演し、同地域の自由貿易圏構想を推進する決意をあらためて示した[6]。それによると、「国外に10億ドル(約825億円)輸出するたびに、国内に5000人の職が維持される」とのことだ。

「ウォールストリートの占拠」に象徴される米国国内の反格差デモ、高止まりしている失業率、今年の秋に行われる大統領選挙、イラクから帰還した兵士たちのための職場の創造、等、どれをとっても国内景気を押し上げなければならない理由が米国にはたくさんある。米国のゴリ押しも一段と高まるに違いない。

TPPへの参加に関してその内容も十分に議論しないまま、参加することに方針を固めた日本政府は米国にとっては何と御しやすい同盟国だろうか。大統領選挙を控えたオバマ大統領にとってはタイミングはピッタリだ。米国の政界や経済界の指導者は、多分、にんまりと笑っているのではないか。

私はたまたま米国で17年間仕事をし、生活した。米国の良さ、素晴らしさは十分に理解している積もりだ。例えば、1980年代、仕事上のことでカリフォルニア州立大学のサンディエゴ分校の図書館を何回も訪ね、技術文献を漁ったものだ。開架式で、外国人の小生であっても何ら差別されることもなくアクセスすることができた。非常に開放的であるという印象を抱いている。

残念なことではあるが、米国の対外政策にはまったくの失望である。今回の米国のTPPへの参加要請の進め方やその背景にある戦術はことさらにそうだ。政治的には非常に不健全だ。

皆さんはどう思いますか?



出典:

[1] 予想的中 TPP参加承認を盾に大幅な譲歩を求めるアメリカ:201214日。http://seetell.jp/24458

[2] 思いやり予算は日本だけー金額、負担率もダントツー:坂井定雄龍谷大学名誉教授のブログ。http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-1152.html

[3] 次期戦闘機F35に正式決定  野田内閣:Asahi.com20111220日。www.asahi.com/.../TKY201112200167.html

[4] TPPの懸念: 遺伝子組み換え食品を大量に承認するアメリカ:20120108日。
http://seetell.jp/24574

[5] 米国とTPPの真実 - 日本とアジアは騙されている: 20120110日。
http://seetell.jp/24621

[6] オバマ大統領TPP推進の決意を示す APEC最高経営者サミットで講演:20101113日。www.afpbb.com/article/politics/2775213/6453354



 

2012年1月12日木曜日

TPPのISD条項はどんな悪さをもたらすか?

日本政府は環太平洋連携協定(TPP)の交渉に参加すると表明した。
 
しかしながら、国会議員の半数にもおよぶ反対に出あったり、与党内からさえも慎重論が出るに至って、野田首相は昨年1115日には「国益損ねるならTPP交渉不参加も」との意向を示したとも伝えられている[1]
 
そして、本日(2012112日)の報道によると、政府はオーストラリア、シンガポールおよびマレーシアへ政府代表を派遣し、交渉参加に向けた事前協議を開始すると発表した。
 
賛成派と反対派にはそれぞれの言い分がある。賛成派は人口が減る一方の国内の市場とは違って、TPPによって日本の産業が必要とする輸出市場を拡大できると言う。反対派は、競争力の無い農業部門は大打撃を受けると懸念している。日本の食料安全保障が脅かされてしまうと言う。さらには、農業の分野でけではなく、保険や金融制度、郵便制度、医療制度、等は壊滅的な影響を被るのではないかとも言われている。
 
それぞれの論理には一理ありだ。

今後、どのような展開となるか予断を許さない。
 
その中で現実について最も覚めた見方としては、日本政府はTPP条約に関して米国政府の意向に逆らうことができずに、日本の市場を米国の思うままに開放しようとしているという指摘だ。
 
TPPは二国間協定ではなくて、合計10カ国が参加することになっている。しかしながら、このTPPは、参加各国の経済規模から見ると、実質的には日米間の協定であると言っても過言ではないとも言われている。要するに、米国の交渉戦略は日本を対象としたものだということだ。
 
TPPに参加すると、今でさえも危険なほどに低い日本の食料自給率(カロリーベースでは、平成22年度においては前年度からさらに1ポイント低下し、39%となった)は14%にまで低下するだろうと試算されている。食料自給率の向上は如何なる国家にとっても最重要課題の筈だ。一国の安全保障上の課題である。食料自給率が14%に低下する。こんな低いレベルになることを独立国家として許しておけるのだろうか?
 
しかし、食料自給率の低下だけが問題であるわけではない。
 
もうひとつの大きな問題はTPP条約に含まれるISD条項にある。
 
ISD条項とは「投資家対国家間の紛争処理条項」である。投資家とは自由貿易協定を結んだ締約国の投資家を指す。TPPの場合、日本も締約国のひとつとなり、日本から米国への投資もこのISD条項の対象となる。
 
しかし、米国にとっては米国の投資家が日本市場で行う投資を最大限に守り、その恩恵を最大限引き出し、日本において彼らの利益を治外法権的に保護することがこのISD条項の最大の眼目だ。もっと分かり易く言うと、米国の投資家を通じて日本の富を収奪できるような構造をこの条約を通じて資本家に提供することだ。周到に準備された、体のいい現代版の植民地構造である。何時からか、これは「グローバル化」の一部となった。誰のためのグローバル化かと言うと、それは米国の資本家のためであると言えよう。
 
アメリカは押しも押されもしない訴訟大国だ。弁護士の数では群を抜いている。訴訟大国の米国には弁護士が106万人もおり、日本ではたった2万人。日本の弁護士の数は米国の50分の1にも足りない。もちろん、頭数だけでは比較できないという議論も成り立つが、働き者である日本人であるとは言え、これは圧倒的な違いだ。ISD条項を用いて日本市場で起こる米国の投資家と日本政府との間の紛争は大人と子供との喧嘩みたいになるだろう。
 
日本にとっては対応できる見込みは殆どゼロだ。つまり、紛争が起こると、損害を受けたと言ってゴリ押しする米国資本に日本政府あるいは東京都や大阪府は多額の賠償金を支払うことになる。これは日本国民が納めた税金から支払うことになるのだ。


そこで、すでに18年の歴史を持つ北米自由貿易協定(NAFTA)では「一体何が起こったか」、「今何が起こっているのか」を検証してみたい。NAFTAはカナダ、米国、メキシコ間の条約として、199411日に発効した。18年前のことだ。このNAFTの実情を少しでも研究してみることはTPPISD条項を理解する上で有益だと思う。
 
201011月のカナダの記事を仮訳して、カナダではNAFTAのもとで何が起こっていたのかを検証してみたい。14ヶ月ほど前の記事だから、決して古い情報ではない。
 

<引用開始>

北米自由貿易協定(NAFTA)のもとではカナダに対するISD条項の行使が急増
― 研究報告 - (2010114)[2]
 
【オタワ発、2010114日】カナダでは中央の機関から地方の州に至るまであらゆるレベルの政府機関が、NAFTA条約第11章(投資および紛争処理)の違反であるとする投資家側からの提訴にさらされており、その件数が急増している。この報告は「カナダ政策選択肢センター」(CCPA: Canadian Centre for Policy Alternatives)によって本日公表された。
 
CCPAの上級貿易研究員であるスコット·シンクレアー氏が行った分析結果によると、投資家がカナダ政府を相手に行った訴訟件数は201010月の時点で66件もあって、その内の43%は国外の投資家によるものだ。

「過去5年間の趨勢は実に驚きに値する。NAFTAが発効して15年にもなるが、カナダ政府を相手取った訴訟はその半数以上(54%)が最近の5年間に起こっている」と、シンクレア氏は言う。「この趨勢が示唆するのは、外国の投資家や企業の法務部門がNAFTAのもとでの投資家の権利について認識を深めており、カナダの公共政策が投資家に損害を与えているとしてカナダの政策に異議を唱え、提訴することにますます意欲を燃やしているという点だ。」
NAFTAは連邦政府によって署名されたものではあるが、NAFTA条約の第11章に基づく訴訟の大部分は連邦政府ではなく州政府を相手にした資源管理や環境保護の政策に関するものが多い、とこの分析結果は指摘している。

「オタワ政府はNAFTA条約第11章に基づく提訴を解決するために13千万ドルを支払うとこの夏決断した。これは重大な問題だ。」とシンクレア氏は言う。「連邦政府はニューファウンドランド&ラブラドール州において投資家側が失ったとする水や木材の権利に関して投資家側に損害賠償を支払ったが、カナダの国内法ではそのような権利が損害賠償の対象になることは決してなかった。」

2010101日現在、投資家と国家間の紛争は、カナダ政府に対しては28件あり、米国政府に対しては19件、そして、メキシコ政府に対しては19件となっている。

カナダ政府がすでに支払ったAFTA条約による損害額は157百万カナダドル(訳注:20121月11日の為替レートによると、約11775百万円に相当)に上り、それとは別に、裁判費用として数千万ドルもの金額が浪費されている。

–30–
NAFTA条約第11条(投資家対国家間の紛争解決条項)は下記のハイパーリンクで入手可能。

さらなる情報が必要な場合は、CCPAの上級相談員、ケリー·アン·フィン宛にご連絡を。電話番号:613-563-1341、内線306

関連のある報告書および研究:
NAFTA条約第11条(投資家対国家間の紛争処理)のもとで提訴された201010月までの事例[3]
     本報告書はNAFTA条約第11条(投資家対国家間の紛争処理)のもとで201010月までに提訴された66件の紛争事例を収録し、最近の重要な事例を分析している。そこには、Abitibi-Bowaterからの訴えを解決するためにカナダ政府が決定し、13千万カナダドルもの和解金を支払ったことから問題となった訴訟事例も含まれている。本報告書によると、カナダではことさらに、政府のいたるレベルがNAFTA条約第11条の違反として投資家の標的となっており、提訴の対象となっている。投資家対国家間の紛争処理条項は、2010101日現在、対カナダ政府で28件の訴えがあり、……
 
2010114 | カナダ国内官庁

<引用終了>
 

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この引用記事に参照されているAbitibi-Bowater社の提訴についてもう少し詳しく調べてみよう[3]


<引用開始>

提訴の日付:2009423日。
 
紛争の内容:同社は世界屈指の製紙業者である。同社は米国のBowater社とカナダのAbitibi Consolidated社が2007年に合併して、誕生した。2009年にAbitibi-Bowater社は破産保護申請を行った。2008年の11月、同社はニューファウンドランド州にあるパルプ製紙工場を閉鎖すると発表した。同社は1905年から同州で工場を操業してきた。2008年の12月、ニューファウンドランド&ラブラドール州政府は同社が持つ水の使用権と木材権を国へ返還させ、水の使用権と水力発電の権利に関する土地と資産を没収するための立法処置をとった。
 
Abitibi-Bowater社の提訴理由:カナダ政府はNAFTA条約の1102条(内国民待遇)、1103条(最恵国待遇)、1105条(待遇の最低基準)、1110条(没収および賠償)に抵触したと主張。
 
賠償請求金額:46750万ドル。
 
状況:意向通知は2009423日に受理された。賠償請求は2010225日に提出された。20108月、カナダ連邦政府はこの紛争を解決するためにAbitibi-Bowater社に対して13千万カナダドルを支払うことに同意したと発表した。
訴訟も起こさずに和解するという政府の決定は幾つかの理由から非常に重大だ。第一に、NAFTA関連での和解金としては今までで最大の金額である。第二に、Abitibi-Bowater社にはカナダの国有地における水と木材に関する権利を喪失したことに対して賠償金が支払われた。通常、カナダの憲法のもとではこの種の権利は賠償請求の対象とはならない。最後に、カナダ連邦政府はこの件については和解に要した費用をニューファウンドランド州政府から回収することはないが、将来は、連邦政府としては連邦政府が支払ったNAFTA関連の賠償金は地方政府から回収すると述べた。

<引用終了>


ある評論は現状をこう描いている。NAFTA条約のもとで、米国の多国籍企業は今やカナダ政府をも凌ぐ存在となり、カナダの環境保護政策や資源管理政策さえも左右するほどになってしまった、と。
 
11条はそもそも各締約国が海外からの投資家に対して公正かつ公平な待遇を与え、国内の投資家と同等に扱うことを目指したものではなかったのか。ところが、上記の引用例に見ることができるように、NAFTAの下でのカナダでは、米国の投資家はカナダ国内の投資家には与えられないような賠償金さえも入手しようとし、それに成功している。これは完全に悪用だ。
 
当初はこのような悪用は想定外だったかも知れない。ところが、カナダでは最近5年間カナダ政府を食い物にしようとする多国籍企業からの提訴が急増した。濡れ手に粟の荒稼ぎである。

どのようにしてこのような悪用を予防するのかを早急に政府間で交渉し、解決策を見出す必要があると思う。
 

もう一点付け加えたい。
 
NAFTAでは「ラチェット条項」が導入された。これは、条約の締結後、締約国は相手の締約国に対して市場の開放をさらに進める義務を負うとする条項である。「当初は自国にとって有利だと思ったが、後で気が付いたらどうも良くない、撤廃したい」としても、それをさせない条項だ。
 
この規定によって、後戻りはできないのだ。
 
例えば、TPPの締結時にはコメの輸入関税を日本の思い通りにすることができたとしよう。
しかし、締結後は、コメをTPPの対象外に置かない限り、日本はこのラチェット規定の存在によって関税を低めるよう執拗に求められることになる。最後は、日本の食料自給率は14%にまで下がり、米国の多国籍企業の最大の顧客となる。
 
そして、日本への食料輸出は政治的交渉の場においては日本に対して強力な武器に変身することができる。これは簡単に想像できる道筋である。


上記の引用は、日本が参加するか否かで国論を二分しているTPP問題について、特に、ISD条項が持つ危険性についての理解を深める上で役立ったのではないだろうか。少なくとも、そう期待したい。また、NAFTAで起こった問題点を把握することは今から行われる政府間交渉のためにも多かれ少なかれ重要だと思う。何よりも重要な点は選挙権を有する個人個人が明確な展望を持つことが求められていることだ。
 


典: 

[1] 国益損ねるなら交渉不参加も - 首相: 日テレNEWS24、20111115日。
 
[2] NAFTA investor-state claims against Canada surge: study: CCPACanadian Centre for Policy Alternatives)のウェブサイトから。2010114日。

[3] NAFTA Chapter 11 Investor-State Disputes (to October 1, 2010): By Canadian Centre for Policy Alternatives (CCPA)