2014年2月25日火曜日

イランの核開発疑惑はこうして起こった


昨年の11月末、イランと米国を始めとする関係6か国との間で行われたイラン核協議でひとつの合意が成立した。イランをめぐってはイスラエルが単独でもイランを攻撃する構えを見せ、そうすることによって米国の軍事介入を誘導しようとする動きが顕著であっただけに、外交的な大きな成果であると報道された。
私は、昨年の129日に「イランをめぐる国際政治の不思議さ」と題するブログを掲載した。そのブログではシェルドン・リッチマンという識者の論評をご紹介し、国際政治の不思議さを読者の皆さんと共有することができた。あの内容を興味深く読んでいただいた方々も多かったのではないかと自負している。
今日のブログはその続編と言ってもいい。イランは核開発を行ってはいないと主張してきた。事実、多くの国の諜報機関が過去10年以上にもわたってさまざまな専門的な調査を行ってきたが、イランの核兵器開発を示す証拠は見つかってはいない。そのような現実を反映して、遅まきながらも、国際社会はイランとの対話を始めることになったのだとも言えよう。
しかし、一体何がイランの核開発疑惑を生ぜしめる発端となったのであろうか。
ここに、「誤読されたテレックスが情報分析者たちをイランの核開発疑惑に導いた」という表題を持つ記事がある[1]。この記事を仮訳して、イランをめぐる国際政治の不思議さの一端をもう少し理解してみたいと思う。                          

<引用開始>
1990年代の始め、イランの大学が外国のハイテク企業に出電したテレックスを西側の諜報機関が傍受した。この時、情報分析者はイランの軍部が核開発計画に関与していることを示す初の兆候を入手したと確信するに至った。これこそがその後10年間にもわたって行われた米国の諜報機関によるイランの核兵器開発計画の調査につながったのである。
テレックスによって示唆されたイラン軍部によるウラン濃縮装置の購入に関する証拠は国際原子力機関(IAEA)が2003年から2007年にかけて行ったイランの核開発計画に対する一連の調査活動の主要テーマとなった。
しかし、その後の調査の拠り所となった傍受テレックスの解釈は基本的には間違いであることが判明した。情報分析者は、イランの核開発計画の証拠を把握しようと余りにも熱心だったことから、核開発計画に使用することができる技術と軍部と何らかの関係を持っていた研究所の役割との組み合わせが、不幸にも、この大学による調達の背後には軍部が存在しているとの判断になってしまったのだ。
2007年から2008年にかけてイランは物的証拠を提供し、それらの調達は実際には大学の教授や研究者たちの要請に基づいて行われたものであることを実証した。
イランが核開発を行っているとして米国に一連の諜報活動をさせることになった複数の傍受テレックスはテヘランのシャリフ工業大学が1990年の後半から1992年までの期間に発信したものだった。2012年の2月、テレックスの日付や具体的な調達品の内容ならびにPHRCのテレックス番号等のすべてが米国のISIS(国際安全保障研究所) [訳注:米国のシンクタンクのひとつ] の常任理事であるデイヴィッド・オールブライトと二人の共著者とが作成した文書によって明らかにされた。
諜報機関が興味を示し追跡を行うことになったテレックス記載の調達品はすべてがその用途に関しては二重の可能性を秘めていた。つまり、ウランの転換や濃縮の作業にぴったりではあったが、それと同時に核開発以外への適用も可能だった。
情報分析の担当者に疑念をもたらしたのは調達の要求書にPhysics Research Center PHRC[訳注:仮訳すると「物理現象研究センター」] のテレックス番号が記載されていたからであった。このPHRCはかねてからイランの軍部と契約関係にあることが知られていた。
米国、英国、ドイツおよびイスラエルの諜報機関は、公開されている情報によると、核計画のためにイランが調達しようとしていた技術に関する生情報を共有していた。これらのテレックスには「高真空」装置、「リング」状磁石、釣り合い試験機、フッ素ガスのボンベ、等が含まれていた。これらはどれもウランの転換や濃縮の作業に有用であると判断された。
1990年後半または1991年の始めに発注されたシェンク社 [訳注:ドイツのメーカー] の釣り合い試験機は核拡散分析担当者たちの間に興味を巻き起こした。何故かと言うと、この装置はウラン濃縮用のP1遠心分離機のローター部品のダイナミック・バランスをとるために使用することができるからだ。大学側から発注の要請があった「リング」状磁石は遠心分離機の生産に適切であると思われた。
45個のフロンガス・ボンベの発注要求についても疑惑がもたれた。フロンガスはウランと結合させると六フッ化ウランとなり、ウラン濃縮に使用することができるからだ。
テレックスの証拠を間接的に示唆する最初のニュースが1992年に報道された。それはジョージHWブッシュ政権の高官がワシントン・ポスト紙に同政権は、「疑惑を呼ぶ調達パターン」に基づいて、イランに対しては核関連技術の提供を完全に停止すると述べた。
そして、1993年の4月に放映されたPBSの「フロント・ライン」と称するドキュメンタリー番組が、傍受テレックスのことには何も言及せずに、イランは外国の大手供給者から幾つかの具体的な技術を入手しようとしていると報道した。PBSはこのドキュメンタリー番組を「イランと原爆」と題して放映し、これらの技術はイランが核兵器の開発計画を持っていることを明白に示すものだと決めつけた。
このドキュメンタリーの制作者であるハーバート・クロスニーは同年に刊行した著書「Deadly Business」の中でイランが調達したこれらの技術を同様の文言を用いて描写している。
1996年、ビル・クリントン政権のCIA長官であったジョン・ドイチは「広範にわたるデータが示すところによると、テヘラン政府は核兵器用の核分裂物質の生産を支えるために民間や軍の組織に任を与えている」と述べた。
イランが核兵器を開発しているとする自分たちの評価結果を強調するためにも、核の非拡散担当のCIAの専門家たちは次の10年間テレックスの分析結果に依存し続けることになった。極秘扱いの2001年発行の国家情報評価には「イランの核兵器計画 - 多面的な取り組み、成功の構え。しかし、それは何時か?」との表題が付けられている。
IAEAの安全予防担当の前副総裁、オリ・ヘイノネンは、20125月の記事で、IAEAPHRCに関する調達情報(これは明らかに例のテレックスを指している)を取得したが、その内容は後に「PHRCの前所長による調達活動」と称することになった2004年の調査に自分自身を駆り立てるには十分だった、と回想している。
しかし、2007年、イランとIAEA総裁のモハメド・エルバラダイとの間で「すべての残された課題」を解決する日程に関する協定が成立した。これに基づいて、イランはIAEAが提示した調達に関する質問のすべてについて詳細な回答をした。
この情報によって、当時シャリフ大学で教授を務めていたサイード・アッバス・シャフモラデ・ザヴァレフPHRC前所長はいくつかの学部から授業や研究に必要となる機材を調達するように依頼されていたことが判明した。
IAEAが究明しようとしていたそれぞれの項目についてイランは膨大な量の情報を準備し、十分な説明を行った。高真空装置は薄膜のコーテングを生成するための蒸発や真空の技術を学生が実験用として使うためのもので、これは物理学科から依頼されていた。その周辺情報として、実験に関する指示書や学内連絡書、さらには、調達品に関する船積使図書さえもが提供された。
物理学科は、この提出された情報(取り扱い説明書や資金の提供を求める初期段階での要求書、装置の供給会社が発行した支払い請求書、等も含む)によると、「レンツ・ファラデーの実験」を行うために磁石の調達も要求していた。釣り合い試験機は機械工学科のためのものであって、この事実は上記と同様にIAEAに提出された証拠文書により明白だった。IAEAの査察官はこの装置が確かに機械工学科に設置されている事実を確認している。 
シャフモラデ・ザヴァレフが調達しようとした45個のフロンガス・ボンベはポリマー製容器の化学的安定性を研究する産業界対応研究室が要求したものであって、これらの内容は要求書の原本や前PHRC所長と大学学長との間で交わされた通信内容によって証明された。
2008年の2月に発行されたIAEAの報告書はこれらの問題点のそれぞれについてイラン側から提供された詳細な文書を克明に記録している。IAEAから反論されるような項目はひとつもなかった。この報告書は、米国からは本調査や他の核兵器開発計画に関する調査をこれで終了しないようにとのプレッシャーがかかったにもかかわらず、当該課題には「現時点では未解決のまま残されている点は何もない」と宣言した。この米国からのプレッシャーはウィキリークスによって暴露された外交官の通信内容から判明したものだ。
このIAEAの報告書は、イランが核兵器の開発計画を保持しているとして10年以上もの期間にわたって米国がイランを非難して続けてきた根拠がそのもっとも基本的な部分で間違いだったことを示すものだった。
しかしながら、イランの核兵器開発の物語には劇的な展開があったものの、IAEAの報告書を伝えるニュースでは上記の事実関係に特別な注意が払われることもなく時間は過ぎて行った。この時点までには、米国政府やIAEAおよびメデアは目を見張らせるような他の証拠を持ち出していた。それは2001年から2003年までのイランの極秘の核兵器開発計画に関する一連の文書である。これらの情報は盗まれたパソコンから抽出されたものではないかと推測される。そして、2007年発行の国家情報評価は、イランはそういった計画を推進してはいたが、2003年には同計画を破棄したと結論付けた。
IAEAがイランの説明を快く受け入れていたにもかかわらず、ISISのデイヴィッド・オールブライトはテレックスの内容はイランの防衛省が核開発計画に関与していたという疑惑を裏付けるものだとの議論を継続した。
彼の20122月の文書では、オールブライトは、IAEAの調査が何の決着も付けなかったかのように、テレックスに記載された調達の要請について論じている。オールブライトは個々のケースについてイランが提供した詳細な文書を参照しないままで、さらには、本件は「もはや未解決な点は何も残ってはいない」というIAEAの判断さえも引用してはいない。
その10日後、ワシントン・ポスト紙は、テレックスの内容はPHRC1990年代にイランの極秘のウラン濃縮計画を主導していたという事実を示すものだとするオールブライトの主張を掲載した。この記者は20082月のIAEAの報告書が諜報分析者の解釈は基本的に間違っていたという決定的な証拠を提示していることにはまったく気が付いていなかったことが明白である。
ガレス・ポーターは独立した調査報道のジャーナリストであり、歴史家でもある。彼は米国の安全保障政策を専門としている。
<引用終了>
                 

          

この引用記事によってイランの核開発疑惑がどのようにして発生したのかが詳細に理解できた。傍受テレックスの誤解がことの発端だったという。これには驚いた。
しかし、歴史を見ると、二国間の戦争の発端には誤解や先入観、はったり、嫌がらせ、自作自演、等、さまざまな、かつ、複雑な状況が存在するのが常だ。そのような状況を考えると、テレックスの内容に関する解釈に間違いがあったという事実はそういった戦争(あるいはそれに近い状況)のさまざまな理由をリストにした場合、その長いリストに新たに一項目が追加されたに過ぎないということだ。人間の英知は、常にそうだとは言いたくはないが、所詮、非常に低劣なものであるという実態を我々は改めて思い知らされたということになろうか。
「イランをめぐる国際政治の不思議さ」と題した昨年129日の小生のブログでは、「P5+1に対して譲歩することによって、本質的には、イランは自分たちが企てもしていなかったことに関して当面何も行わないで、それを停止するということに同意させられた」という皮肉たっぷりの識者のコメントをご紹介した。そのコメントが言うところの「イランは自分たちが企てもしていなかったことに関して…」の真の意味がここに引用した記事によって今やはっきりと分かったような気がする。
IAEAは米国からイランの核疑惑に関して幕引きをしないようにプレッシャーがかかっていたという事実がウィキリークスによる暴露によって判明したという。非常に興味深い情報だ。これは、米国がIAEAについても自分の裏庭のようにしか考えてはいないエピソードだと言える。当時のIAEA総裁であったエジプト出身のエルバラダイは米国追従一辺倒だと私は受け止めていたが、決してそうではなかったのだ。
上記の記事の最後には、ISISのデイヴィッド・オールブライトは、2008年のIAEAの報告書がすべてのいきさつを明快に説明していたにもかかわらず、さらには、同報告書がイランには核開発計画が存在しないと報告したにもかかわらず、2012年の時点においてさえもイランのシャリフ工業大学から発信されたテレックスについて議論を継続していたと報告されている。この事実は何を物語っているのだろうか。イランを国際社会の枠外に封じ込めておきたい、世界を戦争瀬戸際の緊張状態のままに維持していたいとする勢力が依然としてたくさん存在することを物語っているんだなあ、と私には読める。
 

           

イランの現状に関しては諜報専門家の間では一定の理解があるが、政治家やメデアの批評家の中にはイランの現状を読み違える人たちが結構いるとして批判する声があることを私は今回の情報検索を通じて知ることができた。
このような状況は何も珍しいことではない。特に、政治的なテーマになると両極端に意見が分裂することは頻繁に起こる。
2年半ほど前の記事 [2] になるが、そうした観点からある専門家が苦言を呈している文書をここでご紹介しておきたいと思う。その専門家にとっては、政治家やメデアの批評家が繰り返す読み間違いには鼻持ちならないようである。この記事の表題は仮訳すると、「連鎖反応 - イランに関するIAEAの報告書をメデアは如何に読み間違えたか」となる。その冒頭の部分を下記に引用してみよう。 

<引用開始>
今月 [訳注:201111] の始め、IAEAがイランの核開発計画に関する報告書を公開した際に、いくつかのメディアと何人かの政治家は次のふたつのメッセージを残してこの報告書に背を向けた:(1)ウィーンに本拠を置く機関 [訳注:これはIAEAを指す] は米国諜報機関の過去の分析に対して反論している、(2)イランは原爆を製造しようとしている。そして、これらの主張が繰り返して表明され、公衆や議会では彼らにある種のけん引力を提供している。
IAEAの報告書の内容に精通しているほとんどの分析者たちは、この報告書にはイランとの交渉に従事している関係国の政府にとって特に目新しい内容は何もないことをよく認識している。つまり、核武装したイランが直ぐにも出現する訳ではなく、それが不可避であるということでもない。イランが継続して核兵器の研究を行うという事態は世界の安全保障にとっては深刻な懸念ではあるが、イランがそのような意思を持っているかと言うとそれを示唆する兆候は何もないのだ。
それでは、高度に事務的で技術的なこれらの文書において何故にこうも相反する分析結果が生じるのだろうか。
ワシントンは多くを喋るが、文書を深く読もうとはしない。これがもっとも簡単な説明ではないだろうか。批評家たちは2007年の国家情報評価とイランの核兵器計画に関して最近発行されたIAEAの報告書との間にある一貫性を見落としてしまっているのだ。
<引用終了>

下線は私が施したものだが、著者が苦言を呈したい内容はこの一言に尽きるようだ。ここで、「ワシントン」とは政府や議会を指していることは言うまでもない。政府の職員が一次資料を十分には読みこなさないまま、理解が不十分な分析結果をメデアに流し、メデアの批評家も右から左へと報道する状況を著者は「連鎖反応」と呼んでいる。
政治家や政府に従属したきりでジャーナリズム精神を忘れ去ってしまったメデアは、今日、洋の東西を問わず多く見られる。それらは、国民にとっては不幸なことに、機能不全に陥っていると言えよう。このような現状に関して、私も、昨年の114日に『米国のジャーナリズムは「死に体」同然、日本では「秘密保護法」によって止めを刺されるのかも』と題したブログを掲載したばかりだ。国民に真実を送り届けることができないメデアには存在価値はなく、最悪の場合は有害でさえもある。
そうした多くを喋るが深くは読もうともしない政治家やメデアの犠牲になってきたのがイランであると言えるのではないか。イラン情勢の今後の展開に注目して行きたいと思う。
 

参照:
1: Misread Telexes Led Analysts to See Iran Nuclear Arms Programme: By Gareth Porter, Information Clearing House – “IPS”, Feb/06/2014
2: Chain reaction: How the media has misread the IAEA's report on Iran: By Greg Thielmann and Benjamin Loehrke, Nov/23/2011, thebulletin.org/chain-reaction-how-media-has-misread-iaeas-re...

 

2014年2月21日金曜日

ワシントンが画策した反政府運動によってウクライナが不安定化


20数年前に終わったはずの東西冷戦が再来したかのようだ。そんな思いをさせる記事[1]がここにある。これは最近2-3か月にわたってウクライナの西部ならびに首都キエフで進行している反政府運動に関する論評である。
本記事の著者は西ウクライナで盛り上がりを見せている反政府運動はワシントンやEUが資金援助をしている民間の非営利団体(NGO)がCIAや米国務省と連携しながら組織化したものだと述べている。その目的はウクライナがEUに加盟することを拒んだので、それを覆すことにある。
それでは、この記事を仮訳して詳細な内容を読者の皆さんと一緒に確かめてみたいと思う。

<引用開始>
ウクライナの西部における反政府運動はCIA、米国務省ならびにNGO(ワシントンやEUが資金を提供している)によって組織化が行われた。これらのNGOCIAや国務省と緊密な連絡を取り合いながら活動している。反政府運動の目的は独立志向のウクライナ政府がEUへの加盟を拒んだことから、この状況を覆すことにある。
米国とEUは当初はウクライナの独立を妨害し、ブリュッセルにあるEU政府に従属する国家に育て上げようという方向で協力し合っていた。EU政府の目標はEU圏の拡大にある。また、ワシントン政府にとっては、その目標はウクライナをEUに加盟させることによって米国の銀行や企業による経済的搾取の対象としてウクライナを手中に収め、ロシアの国境にはもっと多くの軍事基地を建設することができるようにすることである。世界を眺めてみると、ワシントン政府の覇権を邪魔する国が現在みっつ存在する。ロシアと中国ならびにイランである。これらの国々はそれぞれがワシントン政府によって政府転覆の対象とされたり、悪質な宣伝の対象にされたり、米国の軍事基地によってその国の主権が脅かされたりしている。こうして、力づくでワシントンの意向を受け入れさせるのである。
ウクライナとの関係において米国とEUとの間で表面化した利害の対立は、ヨーロッパ人にとってはウクライナを奪った場合それはロシアにとって直接の脅威となり、ロシアは石油や天然ガスの供給をカットすることも可能であることから、仮に戦争となった暁にはこれだけでヨーロッパを完全に破壊することになるかも知れないと理解するようになった。その結果、EUはウクライナの反政府運動を刺激することは止めようという態度に変わってきている。
二枚舌のオバマによって指名された国務次官補であるネオコン派のヴィクトリア・ヌーランドの反応は、連中は現状をまったく知らないのをいいことにワシントンの懐へ駆け込みさえすれば独立を達成するのだと彼らに信じ込ませるべくウクライナ政府のメンバーに説明しようとしていた矢先でもあって、「EUめ、くたばれ!」という言葉だった。私はかねがね米国人ほど現状に無知な国民はいないと考えていた。しかし、私の考えは間違っていた。ウクライナ西部の住民は米国人よりもたちが悪い。まったく現状に無知なのだ。
ウクライナで「危機」を醸成することはたやすい。ネオコン派の国務次官補、ヴィクトリア・ヌーランドは昨年の1213日にナショナル・プレス・クラブで、米国はウクライナでこの騒動を起こすために50億ドルを費やしたと述べている。(http://www.informationclearinghouse.info/article37599.htm を参照) この危機は本質的には西部ウクライナに見られるものであって、同地域ではロシアによる圧制に関する現実離れした考えが根強い。西部ウクライナではロシア人の人口比は低い。
西部ウクライナにおけるロシア人に対する嫌悪は社会に機能不全を起こしており、すっかりだまされてしまった反政府運動の活動家たちは「EUへの加盟とはウクライナの独立に終わりを告げることを意味し、それに代わって、ブリュッセルのEU官僚やヨーロッパ中央銀行ならびに米国企業がウクライナを統治することになる」という現実にはまったく気がついていないのである。
ロシアがウクライナ西部を好きになれないという状況は問題を引き起こしてやりたいと思っているEUや米国にとっては非常に好都合だ。ウクライナの独立を潰したいと考えるワシントンやヨーロッパの高官たちは独立したウクライナはロシアの人質のような存在であると見なし、ヨーロッパの一員としてのウクライナは米国やヨーロッパの庇護のもとに置かれる、と一方的に決めつけている。ワシントンはウクライナの複数のNGOに資金を提供し、潤沢な資金を得た活動家連中はこの考えを拡散し、民衆を愚かな狂乱状態に仕向けている。ウクライナの反政府活動家たちは自分たちの国の独立を潰しつつあるのだ。私は、自分の生涯を通じて、こんなに愚かな人たちを見たことはないと断言する。
米国やEUから資金を受けている幾つかのNGOは、それぞれが活動している国においてその国の独立を阻止することを基本的な目的とする「第5部隊」である。[訳注:「第5部隊」という言葉は第二次大戦前のスペイン内戦(1936-1939)から使われ始めた言葉で、敵の陣営内にあって破壊工作を行うグループを指す。ヘミングウェーの小説で有名になった。911テロの後、米国の戦争開始に疑義を唱える人たちは敵側の「第5部隊」だと非難された。] NGOのあるものは「人権擁護組織」と称し、あるものは「教育プログラム」や「民主主義の確立」を謳い文句としている。特に、CIAによって運営されているNGOは挑発行為に特化している。「プッシー・ライオッ」はその好例である。これらのNGOで合法的なものはほとんどない。これらのNGOは傲慢でもある。あるNGOの責任者はイランの選挙前にムサビはワシントンならびにCIAの候補者であると述べ、この選挙はグリーン革命を引き起こすと公言したほどだ。当該NGOの責任者はこのことを事前に知っていたのである。何故かというと、彼は米国の納税者の金を使った資金援助に加担していたからだ。以前、私はこの件についても書いた。その記事は私のウェブサイト、www.paulcraigroberts.org で検索ができるし、最近発刊された書籍How America Was Lost でも内容を確認することが可能だ。
ウクライナの「反政府活動家」は暴力的だ。それにもかかわらず、警察側は抑制的だった。
この反政府運動がウクライナの政権に対して反乱や暴動に姿を変えて、何れはウクライナを手中に収めるという希望をワシントンは抱いており、ワシントン政府はこの反政府運動を継続させることは既得権であるかのように振舞っている。今週[訳注:212日(水)の週]、米議会は暴力的な反政府運動が警察によって鎮圧されたら制裁措置をとるとの決議案を通過させた。
換言すると、もしウクライナの警察が暴力的な抗議デモに対して、平和的な抗議デモに対して米国の警察が採るような措置を行使した場合であっても、それはウクライナの内政に対してワシントンが介入する口実となるのだ。ワシントンはウクライナの独立を潰すために抗議デモを利用しており、ウクライナの次期政権を発足させるに当たって傀儡政権に必要な名簿リストはすでに整っている。
著者のPaul Craig Robertsはウオール・ストリート・ジャーナル紙の副編集者であった。また、彼はコラムニストとしてビジネス・ウィーク、スクリップス・ハワード・ニュース・サービス、クリエーター・シンジケートに寄稿。数多くの大学の任命を受けている。著者のインターネット上での記事は世界中で好評をもって迎えられている。新刊のHOW AMERICA WAS LOST は次のウェブサイトにて入手可能: http://www.claritypress.com/RobertsAnthology.html
<引用終了>

全文を仮訳してみた。ここに報告されている内容は、相も変わらず、米国による他国への干渉である。米国は、多くの場合、こうした行為を米国の国益にそった戦略であるという。
2012年、ロシアのパンク・ロック・グループである「プッシー・ライオット」の女性歌手4人の内3人がモスクワの教会で冒涜的な行為を行ったとして2年の刑を受けた。彼女らがCIAの手先であったとは、正直言って、私は知らなかった。しかし、考えてみるとあり得そうな話ではある。その一方、この記事の著者はプッシー・ライオットがCIAの手先だとは直接的に言っているわけではない。世間の人たちを扇動するという機能あるいは手口はCIAが採用するものとまったく同様だと述べているだけかも知れない。
キエフではここ数日の間に死者の数が急激に増加している。今までは石を投げていただけのデモ隊が銃を持ち込み始めたからだ。それに対抗するべく、警察側も銃で武装し実弾を使い始めたと報道されている。すっかり負のスパイラルに落ち込んだ感じがする。この劇的な変化を見て、このシナリオを書いた当人たちは予想通りの展開だと言ってほくそ笑んでいるのではないだろうか。
一体何が米国をそこまで駆り立てるのだろうか。さまざまな理由が考えられる。一口で言えば、それは軍産複合体の意向ということになるのではないか。かっての東西冷戦の状態を再現したい、つまり、武器の販売や軍需を減少させたくはない集団がおり、その集団がふんだんな資金を政界に注ぎこみ、資金を受け取った議員たちは資金提供者の利益代表として議会で行動する。米下院ではウクライナ政府に関して、上記の引用記事にもあるように、「今週、米議会は暴力的な反政府運動が警察によって鎮圧されたらウクライナ政府のメンバーに対して制裁措置をとるとの決議案を通過させる」までに至ったほどだ。さらには、その後の傀儡政権の人選も決まっているという。
米国の他国への軍事介入の歴史については、小生のブログでも先に取り上げている。「法的帝国主義と国際法」と題した20121225日のブログだ。そのブログでは、1890年から2011年までの121年間で146件の軍事介入があったという事実を紹介した。
911同時多発テロ以降の最近の10何年間だけに限って米国の他国への介入の事例を拾ってみると、米国の軍事介入はアフガニスタンに始まり、イラク、ソマリア、リビア、イエメンと続いた。そして、昨年1月、アフリカのマリ共和国の北部の幾つかの都市がイスラム系武装ゲリラによって支配された際、フランスはマリ政府の要請を受けて同国への軍事介入を行った。この時、米国はその表には出ないで、兵站部門を全面的に支援したと言われている。昨年の8月、シリアは米国に空爆される瀬戸際にあった。しかし、ロシアの外交努力によってこの空爆からは逃れることができた。とは言え、この1月に開催されたシリアをめぐるジュネーブ会議IIは不調に終わった。今でもシリアの将来は定かではない。
一方、非軍事的な介入としては、エジプトのムバラク政権の転覆がある。また、1979年以降最近になるまでイランに対しては経済的な制裁措置がとられてきた。昨年イランで選出された新大統領のもとで中心課題である核開発疑惑は解決される可能性がありそうだ。
そして、最近の3か月、米国はウクライナの政権を転覆しようとしている。まるで止まるところを知らないかのようである。これに続いて標的にされるのはベネズエラかも知れないし、ベラルーシかも知れない。
さらにその先は、どの国だろうか。
中国も例外ではない。米国の論理からすれば、中国政府に対して攻撃できる具体的な目標はいくらでもありそうだ。中国西部の新疆ウィグル自治区やチベット地区での住民の反政府感情は米国の戦略家にとっては介入をする絶好の口実になるのではないかと想像される。しかし、中国は米国の国債をもっとも大量に買い込んでいる国であるだけに、中国政府を敵に回すには大きな決断が必要だ。米国にとっては、ドルの信用を低下させてしまったら経済上の覇権を失う自殺行為となる。それを承知の上で行動するしかないのが今の米国でもある。
 

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上記の引用記事では「米国やEUから資金援助を受けているNGOがウクライナでの反政府運動を組織化した」と報告されている。それでは、このNGOは一体どのような組織なのだろうか。
その質問に答えるために最近のひとつの記事[2]に着目してみよう。この記事のタイトルは「ウクライナの反政府運動で露わにされた米国のNGO」と仮訳することができる。早速、同記事の内容を覗いてみたい。

<引用開始>
ウクライナの反政府運動で露わにされた米国のNGO
副題: セルビア共和国の首都ベオグラードに本拠を置き、米国の資金援助を受けているCANVASと称する組織のトレーニング・グループが背後からキエフの反政府運動を入念に操っている。
ロシアとウクライナとの間に楔を深々と打ち込むことになったかも知れないEU連合協定に関してヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が同協定への署名を拒否したことから、最近のウクライナにおける反政府運動にはヤヌコヴィッチ政権を不安定にさせようとする外国の意図を感じ取ることができる。大人気のボクサーから政治に転向したヴィタリ・クリチコは米国国務省職員と面会をしたり、ドイツではアンゲラ・メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟にも近い。ウクライナとのEU連合協定は国内で経済問題を抱えている多くのEU加盟国の抵抗にであった。この協定をもっとも強力に支持しているのはスウェーデンのカール・ビルト外相とポーランドのラドスロー・シコルスキー外相である。この二人はEU内ではワシントンにもっとも近い存在であるとしてよく知られている。米国は、かって、結果としては失敗に終わった2004年の「オレンジ革命」でもそうしたように、ロシアを孤立させ弱体化させるために、ウクライナをEUに加盟させようとしている。ウクライナ人たちは、入念に仕組まれたキエフでの反政府運動の背後にはCANVASという組織が直接的に関与しているという事実を発見した。この組織はベオグラードに本拠を置き、米国の資金で支えられている。
キエフでの反政府運動に参加する人たちに配布されたパンフレットを入手した。これは米国が資金を提供しているCANVASという組織が2011年にカイロのタハリール広場で反政府派のために使用したパンフレットを一字一句翻訳し、個々の図を丁寧に挿入して作成したものである。カイロでの反政府運動によって、ホスニ・ムバラク政権は崩壊した。それに代わって、米国が後押しをするムスリム同胞団に扉が開かれた。下記にパンフレットを比較してみよう。
 

 
Photo-1: 写真の左側はタハリール広場で使用されたもの。そして、右側はキエフで入手したパンフレット。さらには、ベオグラードのNGOCANVASが使用している英語版のパンフレットを下記に示す。
 



Photo-2

CANVASはかってはOtporと呼ばれていた。この組織は、当時のユーゴスラビア連邦のスロボダン・ミロセヴィッチ大統領に反対する「色の革命」を演出し、初の成功を収めた。その際、米国務省からは大量の資金援助を受けた。それ以降、この組織は、見かけは「民主主義」を支える草の根的な組織として存在していたが、実際は米国のために「革命コンサルタント」の役割を果たすことに専従してきた。セルビアに本拠を置いたNGOが実は米国政府によって後押しされ、政権転覆の最前線の役割を担っているとは一体誰が想像できるだろうか。 

不思議なウクライナの「反政府運動」:
 


Photo-3
著者が直接連絡をとったキエフの複数の事情通は、反政府運動の参加者たちは大学の学生や無職の若者が多く、バスに乗ってキエフの中心部へやってくるが、彼らは金で操られていると報告している。ウクライナの将来を導く聡明な政治家として、かってヘビー級ボクシングのチャンピオンだったヴィタリ・クリチコがウクライナの将来を導く聡明な政治家として急速に台頭してきた事実は示唆に富んでいると言えよう。個人的には決してそう思っているわけではないが、相手のボクサーが気を失うまで叩きのめす職業ボクサーとしてのキャリアーは一国を率いる政治家に変身するための素晴らしい準備作業であったとも言えようか。これはハリウッドの安物の映画に出演していた俳優、ロナルド・リーガンのひとつの選択肢としての米国の大統領を思い起こさせてくれる。しかし、反政府運動のスポークスマン役をしているクリチコのさらに興味深い点は彼の友人にはどんな人がいるのかという点だ。
クリチコは米国の前NATO大使であり、現在は国務次官補を務めるヴィクトリア・ヌーランドによって後押しされている。彼女はネオコン派の一人で、ネオコンの中でも中枢にあるタカ派のロバート・ケイガンと結婚しており、彼女自身はデイック・チェイニーの顧問役を務めたこともある。
クリチコはドイツのメルケル首相の近しい友人でもある。最近のデル・シュピーゲル誌によると、メルケル首相は2015年のウクライナ大統領選ではクリチコを応援したいとのことだ。
「民主主義」のための反政府運動の背後には暗黒の行動計画が隠されていたことが今や明白になった。反政府運動の要求は当初はEUへの加盟であったが、その要求はヤヌコヴィッチ政府の辞任へと変わってしまったのである。不幸にも、警察がデモの参加者に対して取り締まりを強化したことから、クリチコと反政府運動の参加者たちはこれを機会に参加者の数を数千人の規模から一気に数万人に拡大した。1218日には、ウクライナ政府はモスクワとの主要な経済協定に署名をしたことによって、クリチコの追い風をやや削ぐことができた。この協定によって、ウクライナに輸出されるロシアの天然ガス価格は1/3程低下して、現行の1000立方メートル当たり400ドル強の単価が268.5ドルとなった。また、ロシアはウクライナが抱えていた150億ドルのユーロ債を肩代わりすることになった。これによって、ウクライナは息をつぐ余裕が生まれ、政府債務の不履行を避けることができるようになり、ウクライナの将来を穏便に交渉することも可能となった次第だ。
<引用終了> 
二番目の記事の全訳を終えた。
この二番目の記事の内容はおどろおどろしいばかりのウクライナの現状、ならびに、ウクライナを取り巻く米国とEUの現状を余すところなく伝えてくれている。日本の大手のメデアではここまで掘り下げた情報を報道してくれているだろうか。私自身はブカレストに在住しており、日本の新聞を直接確認することはできないが、多分、否定的ではないだろうか。
この著者、William EnglerBFP Boiling Frogs Post)という独立系のオンラインニュースに寄稿し、分析者としても活躍している。このオンラインニュースは、特に、通常のメデイアでは報道されないようなテーマを掘り下げることに主眼を置いていると自己紹介で述べている。
この記事でもデモの参加者には日当が支払われていると述べられているが、他の報道によれば、キエフでのデモ参加者には一日20ユーロとか30ユーロの支払いがあるとのことだ。デモの参加者全員が金を貰って参加しているとは思えないが、仮に2万人の半数が金を受け取ったとしよう。一日当たりで20万ユーロから30万ユーロの金が必要となる。昨年の11月から始まったこのデモはもう3か月だ。特に最近1-2か月は急速に過激化した。単純に計算すれば、100日で2千万ユーロから3千万ユーロとなる。しかしながら、50億ユーロの1%にもならない。これは末端の参加者に関する話である。トップの活動家たちはさらに多くの金を受け取っていることだろう。
シリアではカタールやサウジアラビアの資金によって外国から多数のイスラム過激派が導入された。彼らに武器を提供し給与を払って、シリア政府の転覆を目標に政府軍と戦わせた。そして、今も未解決のままである。
いたる所で米国による他国への介入が進行している。しかしながら、米国は財政的に疲弊しており、ハード・パワーに頼る他国への介入からソフト・パワーを活用した介入へと戦略を変えつつあるようにも見えるが、どうであろうか。
            
参照:
1: Washington Orchestrated Protests Are Destabilizing Ukraine: By Paul Craig Roberts, Information Clearing House, Feb/12/2014
2: US NGO Uncovered in Ukraine Protests: By William Engdahl, Boiling Frogs post Jan/07/2014, www.boilingfrogspost.com/.../us-ngo-uncovered-in-ukraine-p...
 
 

 
 

 

2014年2月9日日曜日

地球温暖化説のリーダー、英国気象庁の最近の説明


この前の26日付けのブログでは、温室効果ガスの大気中への放出が継続しており、むしろ、より強まっていたにもかかわらず最近の10数年間は地球温暖化の度合いが止んで平坦になってしまったという事実に関しては、地球温暖化説を唱導し、国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の活動において指導的な役割を演じてきた英国の気象庁がついに最近の新たな傾向を認めたとの記事を紹介した。 

英国気象庁の言葉を借りると、地球の温暖化は目下「一時的な休止」の状態にある。地球温暖化が人為的な要因によるものだとする「人為的地球温暖化説」に懐疑的な人たちは英国の気象庁がついに嫌々ながらも最近の新たな状況を認めることになったと皮肉を込めて解説している。 

そこで、今日のブログでは、英国の気象庁が過去10数年間の気候の推移(つまり、地球の温暖化が止まってしまったという現状)に関してどのような見解を示しているのかを確認してみたいと思う。 

英国気象庁は3部作の報告書の最初のふたつを昨年7月にインターネット上で公開した。みっつ目は現時点では未刊である。 

それぞれの報告書の表題を仮訳すると、下記の通りである。 

地球の温暖化における最近の一時的な停止(1):気候システムの知見はわれわれに何を告げているのか?[1] 

地球の温暖化における最近の一時的な停止(2):潜在的な理由としてはどのような理由があるのか?[2]

 

         
 

それでは英国気象庁のひとつ目の文書の要旨を仮訳し、それを下記に示してみよう。
 

<引用開始>
 

地球の温暖化における最近の一時的な停止(1):気候システムの知見はわれわれに何を告げているのか?
 

要旨 

気候に関しては幅広い指標について観測が行われているが、それら指標の変動は地球の温暖化と気候システムがどのように挙動するのかに関するわれわれの理解との間で整合性を示している。 

全球平均地表面温度は1970年代以降急速に上昇したが、2013年までの最近の15年間は比較的平坦となった。この事実が、人為的な地球温暖化はもはや進行していないのではないか、あるいは、少なくとも予測値よりも遥かに小さいのではないかとの指摘がなされている。これは一時的な休止であって、温度は予測された通りにまた上昇を再開するという見方もある。 

本紙は気象庁のハドリー・センターからの三部作の報告書の中の最初のもので、地球の温暖化現象における最近の一時的休止について言及し、次の疑問に答えようと意図している。つまり、この期間における他の指標は最近どのような傾向を示しているのか、今起こっている一時的な休止をもたらした潜在的な要因は何か、さらには、予測される将来の気候に対してはどのような影響を及ぼすのか?  

気象と気候の科学は複雑で常に変化する環境をよく観察し、それらをよく理解することにその基礎を置いている。地球系に関する基礎物理学は数値モデルの開発のための基盤を提供する。こういった数値モデルは気候システム全体(つまり、大気、海洋、陸地および氷圏)をカプセル化し[訳注:カプセル化とはオブジェクト指向プログラミングが持つ特徴の一つカプセル化を進めることによりオブジェクト内部の仕様変更が外部に影響しなくなり、ソフトウェアの保守性や開発効率が高まり、プログラムの部分的な再利用が容易になると言われている]、気候システムがどのように展開するのかに関するわれわれの予測を可能にする。 

したがって、気候科学者が現時点の気候の状態やその歴史的な文脈について入手可能な最良の情報を取得できることが固有の必要条件となる。この作業には非常に正確で、かつ、世界中に配置された観測や監視のシステムもしくはネットワークを必要とする。これは大量のデータを合成することができる強力なデータ処理や解析能力に依存することになる。そして、測定の限界や観測上のギャップに由来する不確実性を空間的にも時間的にも適切に考慮しなければならない。勤勉さを十分に発揮し、厳密で偏向のない科学的評価を適用することによって始めて、気候科学者は気候システムの数多くの変数や現象についてその状態や趨勢ならびに変動性の実態をもっとも完成した一枚の絵として提供することができる。これこそが気候科学が十分な証拠や利用者が待ち望んでいる助言を提示する際に必要な基礎となる。 

本紙では今日現在得られる全体図がどのように構成されているのかを手短かに示したい。より詳細な背景説明は数多くの科学者の協力の下で毎年作成され、米国気象学会の機関誌(BAMS)に掲載される(BlundenおよびArndt2013年)。その知見によると、下記の事項が重要だ。 

● 気候に関する物理量は広範囲に及ぶが、それらは変動をし続けている。たとえば、われわれの観測によると、北極海の氷は減少しており、海水面は上昇し続けている。これらの変動は気候システムが大気中の温室効果ガスの増加に対してどのように反応するかに関するわれわれの理解とよく一致する。 

● 全球平均地表面温度は高いままであり、過去10年間は記録上もっとも高かった。    

● 地表面温度の上昇速度は最近の10年間に大きく減速したように見えるが、10年間程度の期間にわたるこのような鈍化は過去においても観測されており、いくつかの気候モデルにおいてシミュレーションされている。これらは一時的な現象である。
 

<引用終了>
 

最近の報告によると、衛星データは2013年の10月には北極海の氷の量が前年の同時期の量に比べて約50%ほど増加したことを示しているそうである。しかしながら、過去30年間の推移を見ると氷の総量は依然として最低のレベルにあり、喜ぶのは早すぎると専門家は述べている。 

 

         
 

次に、ふたつめの文書に移ろう。仮訳を下記に示す。
 

<引用開始>
 

地球の温暖化における最近の一時的な停止(2):潜在的な理由としてはどのような理由があるのか?
 

要旨 

地表温度の上昇が最近なくなったことを地球が受け取ったエネルギー総量の減少(つまり、地球系に入ってきた太陽エネルギーと地球から逃げて行った熱エネルギーとの差)だけで説明することはできない。海洋の熱含有量や海水面の上昇の観測によると、大気中の炭酸ガス濃度のさらなる上昇によって追加された熱量は海洋によって吸収され、地表面温度の上昇には寄与しなかったことを示唆している。海水の表層と深海部との間の熱交換の変動が地表面温度の上昇の一時的な休止のひとつの原因となっており、太平洋が重要な役割を演じていることが観測された。
全球平均地表面温度は1970年代から急速に上昇したが、2013年までの最近の10年から15年間ではさらなる温暖化は見られなかった。このことは人為的な地球温暖化はもう進行してはいないのではないか、あるいは、少なくとも温暖化は予測された度合いよりもはるかに小さいのではないかとの憶測を生んだ。一方、他の専門家はこれはあくまでも一時的な休止であって、温度は再び上昇し始めるだろうとの見解を示している。
本紙は気象庁のハドリー・センターからの三部作の報告書の中のふたつ目のもので、地球の温暖化現象における最近の一時的休止について言及し、次の疑問に答えようと意図している。この期間における他の指標は最近どのような傾向を示しているか、今起こっている一時的な休止をもたらした潜在的な要因は何か、さらには、予測されている将来の気候に対してはどのような影響を及ぼすのか?
本報告書の目的は現行の一時的休止が持つ意味ならびにその潜在的要因を観測や最先端の気候モデルによるシミュレーションを用いて評価することにある。1970年から2000年の期間では、観測から得られた平均地表温度の傾向は0.17±0.02°Cであった。自然の変動に関するシミュレーションの分析によると、10年間当たりの温暖化の率が0.2°Cであるとしても、平均的な1世紀の期間中にはまったく温暖化が起こらない10年の期間が少なくとも二回はあることを示している。全球地表面温度の上昇が一時的に休止している現在の状況は最近実施したモデル・シミュレーションによると例外的なものではない。
現行の一時的な休止を説明するには可能性としてはふたつのメカニズムが挙げられる。そのひとつは地球が受け取った総エネルギー量が変動すること(放射強制力)。そして、ふたつ目は海洋には低周波変動があり、その変動を介して海洋が熱を吸収し海面下に(可能性としては深海部)熱を蓄積する。これらのふたつのメカニズムが同時に起こった結果、地球の温暖化が一時的に休止したとする説明は可能である。
地球が受け取った総エネルギー量だけで最近の地球温暖化の一時的な休止を説明することはできない。温室効果ガスによる放射強制力は衰えずに継続していた。つまり、熱はシステム内に保持されているが、全球平均地表面温度の上昇を一目瞭然に説明する程にはなっていない。
海洋の熱含有量および海水面の上昇に関する観測結果はこの追加的な熱は海洋によって吸収されたことを示している。海洋の表層と深海部との間の熱交換が温暖化の一時休止を部分的に引き起こしたものと推測され、観測値は太平洋が重要な役割を演じていることを示している。
地球温暖化が一時的に休止しているという事実によって巻き起こされた科学的な疑問は地球系へ流れ込むエネルギー、地球系が失うエネルギー、ならびに、系内でのエネルギーの移動に関してわれわれが現在よりもはるかに詳細に理解することを求めている。現在の理解は十分に詳細であるというわけではなく、長期間にわたって十分に観測が行われてきたわけでもない。それ故、われわれはエネルギー収支を完成することができないでいる。これらは科学における主要な挑戦でもあり、研究に携わる科学者グループは理論やモデルならびに観測を組み合わせた探査ならびに実験を総動員して、積極的に取り組んでいる。

<引用終了>

このふたつ目の報告の要旨を読んだ結果、海洋の役割が非常に大きいことが分かった。しかし、その挙動は現時点では十分には解明されてはいないという現状についても分かった。
最近の海洋の熱含有量の調査は急速に進んでいるようだ。特に、海中の深部にまでも調査が行われ垂直温度分布についての理解が深まってきている。最近の報告のひとつ[3]1958年から2009年までのデータを再度解析した結果を報告している。最近の10年間の温暖化について言うと、温暖化の約30%は水深700メートル以下の海水によって吸収されているとのことだ。
海洋の役割を正確に理解することができるのかどうかは素人にとっては何も言えないが、少なくともかなり困難な作業であろうということは想像に難くない。
今後公表される予定となっている三番目の報告では、英国の気象庁が温暖化現象の「一時的な休止」をどのように説明するか、今までの理論との整合性をどのように説明するかが焦点になるのではないかと思う。 

 

参照: 

1: The recent pause in global warming (1):  What do observations of  the climate system tell us?: By Met Office, July 2013, www.metoffice.gov.uk/.../Paper1_Observing_changes_in_the...  

2: The recent pause in global warming (2): What are the potential causes?: By Met Office, July 2013, www.metoffice.gov.uk/.../Paper2_recent_pause_in_global_wa...

3: Distinctive climate signals in reanalysis of global ocean heat content: By Magdalena A. Balmaseda et al., Geophysical Research Letters, May/16/2013, onlinelibrary.wiley.com > ... > Vol 40 Issue 9