2014年10月26日日曜日

なぜコウモリはエボラや他の致死的なウィルスの宿主でいられるのか


人はどのようにしてエボラ・ウィルスに感染するのだろうか?
科学者にとっては答えるのが結構難しいようだ。現時点で支配的な見解によれば、エボラの生物学的な起源はコウモリにあるらしい。要するに、コウモリが宿主の役目をしている。ウィキペデアによると、コウモリは世界中で980種類程もあるという。
多くの人にとってもっとも今日的な関心事であるエボラを理解するために、今日のブログではコウモリをテーマにしたいと思う。
まずは、1015日に報道された記事 [1] に注目し、その内容を追ってみよう。 

<引用開始> 

Photo-1: 淡黄色オオコウモリ(Eidolon helvum). 写真:Steve Gettle / Getty

エボラや狂犬病、マールブルグ病およびSARSを含めて、地球上でもっとも恐れられ、致死的な疾病を引き起こすいくつかのウィルスはコウモリの体内に自然の避難場所を見い出している。いくつもの大流行がコウモリに端を発しており、科学者らはコウモリと関連する新しいウィルスを次々と発見している。
コウモリ自身は病気に見舞われることもなく病原体を巧みに抱え続け、外部へまき散らしているようだ。科学者らはコウモリのゲノムに有力な手掛かりを見出し、その理由を詳しく理解しつつある。しかし、これに批判的な科学者はコウモリをウィルスの宿主として汚名を着せるには根拠が薄いと言う。
「コウモリは特別な存在か?そう言い切るには時期尚早だと私は思う」と、豪州科学・工業研究機構(CSIRO)の豪州獣医学研究所にて科学部長を務め、デューク大学とシンガポール国立大学とが共同設立した医科大学では教授を務めるリンファ・ワンは言う。リンファ・ワン教授は過去20年間コウモリを宿主とするウィルスについて研究を続け、コウモリをウィルスの宿主にしている特質は何かを究明しようとしてきた。
「この課題は非常に重要ですので、とてもほおってはおけません。」と言う。
恒常的にウィルスの宿主となっているコウモリとならんで、クマネズミやハツカネズミ等の他の動物もさまざまな病気の保有宿主として知られている。ほとんどの場合、これらの宿主は正常なまま生存しており、感染をしていても症状は示さない。しかし、時には、ウィルスを体外に放出して、このウィルスによって他のもっと被害を受けやすい動物の間では感染が広がる。西アフリカで勃発したエボラの大流行はこうして起こったことはほとんど間違いない。同地域では昨年の12月に起こった小規模な発症からすべてが始まった。あれ以降、今までに8,900人が感染し、4,400人以上が死亡した。 科学者らはギニアやシエラ・レオネおよびリベリアを打ちのめしたこの大流行はコウモリのせいだ としている。
 
コウモリについての生物学:
事例を挙げると、コウモリは非常に多くの危険極まりないウィルスの宿主となっているようである。しかし、これが実際に本当であるかどうかについては議論の余地がある。
この議論に関しては、科学者たちは二手に分かれる。ひとつの考え方としては、コウモリを介して起こる大流行は、単純に言うと、数のゲームである。コウモリは非常に種類が多く、個体数が非常に多いことから、コウモリを宿主とする疾病が現れること自体は驚くに当たらないという考え方である。もうひとつの考え方は、コウモリは確かに特殊な存在であって、コウモリの生理学的な側面、あるいは、生活様式の何かが関与しており、コウモリを格好の宿主にしているというものだ。
その「何か」がいったい何なのかは今後特定しなければならないのだが、ワン教授および彼の同僚はこの問題を解決するためにすでにかなりの時間を費やしてきた。まずは、コウモリの免疫システムに何かの手掛かりを見出そうとして、たとえば、コウモリに特有なゲノムに注目している。

宿主としての犬:
先週、スペイン当局は西アフリカに居たことがある伝道者を治療した後、この伝道者が所有する犬を安楽死させた犬がエボラを感染する証拠は不十分だとして、多くの人たちがこの対応は極端すぎて、是認できないとして異議を唱えた。
2001年から2002年にかけてのガボンで大流行が起こった際、 ヒトのエボラが発症した集落の犬の間ではその約25パーセントにエボラの抗体が検出された。しかし、ヒトのエボラが発症しなかった集落の犬についても抗体が検出されたのである。フランスでは、ウィルスを保有する宿主に遭遇したことはないと想定される2頭の犬が陽性として検出された。これらの犬は何れも症状を示すこともなく、死亡してもいない。ということで、犬が伝染性を示すかどうかという問題は未解決のまま残されている。
 
宿主動物からヒトまでのエボラのルートを追跡する仕事は結構油断がならない。現在でさえも、科学者らはエボラがコウモリからヒトに至るまでの経路について熟知しているわけではない。すでに知られている伝染の形態がひとつだけある。それは感染した動物を食べた場合だ。コウモリや霊長類および他の野生動物が西アフリカの地域では食用に供されている。今や、地域住民たちには野生動物を食べることは非常に危険であるとの警告が出されている。
これとは別の感染経路は定かではない。感染したオオコウモリの唾液、尿または便は果物を汚染し、人または宿主の動物がこの果物を食べることがあり得る。この種の経路はニパ・ウィルス脳炎やヘンドラ・ウィルス感染症を引き起こすウィルスで知られている。バングラデシュでは、二パ・ウィルスはデーツの実を産するナツメヤシの樹液を介してコウモリからヒトへ直接伝達されると考えられている。オーストラリアでは、ヘンドラ・ウィルスの場合は馬が中間宿主であると考えられている。 エボラの場合は霊長類に感染し、それを人が食べて感染する。
上記に代わって、この研究チームはより微妙な違いを見出した。コウモリのゲノムは他の哺乳類の動物とまったく同じ成分を含んでいるが、その活用の仕方がいささか異なる。特に、損傷したDNAを検出し、それらを修復するタンパク質をコード化するコウモリのゲノムは想像以上に 一般化しているより簡単に言えば、それらのゲノムはコウモリが生き残り、繁殖する上で何らかの役割を持っており、これらのゲノムは子孫に受け継がれているものと考えられる。
201212月に「サイエンス」誌に報告されたこれらの結果は以前の知見とも一致する。つまり、侵入して来るウィルスにとってはDNAの損傷を修復するDNAが攻撃目標であり、このことは進化を促進させる圧力として作用する。これらの知見はさまざまな事例に見られる内容ともよく一致し、コウモリに腫瘍ができることは非常に稀である。多分、これは修復遺伝子による修復作用が悪性腫瘍の成長をしのぐことができることに起因しているのではないか。
それ以来、ワン教授と彼の同僚たちはさらに先へと研究を進めた。最近の研究であって、まだ公表されてはいない知見によると、腫瘍やウィルスに対抗する遺伝子は脅威に曝された時だけ活性化されるヒトやハツカネズミの場合とは異なり、コウモリではこれらの遺伝子は常時活性化されているとのことである。この機能こそが体内に保有されているウィルスを危害を及ぼし始めるレベル以下に抑制してくれる。換言すると、進化がコウモリの監視機構を11倍にまでも高めるに至った。 [訳注:この直前の文章では「11倍にまでも」との言葉があるが、原文では「11」の単位が何なのかは定かではない。文脈からは、「11倍」という意味ではないかと思われた。しかし、その妥当性については専門家のご意見を伺いたいと思う。]
なぜかについては、ワン教授はコウモリが飛行することとの関連性を提案している。つまり、飛行をすることにより、コウモリは休んでいる時に比べて自身の代謝率を何倍も高める。そのような高いエネルギー生産を維持するとストレスが生じる。その結果、損傷を素早く探知し、修復を行わない限り、細胞やDNAを損傷してしまう。
多分、最初は、損傷を修復するタンパク質が、コウモリが毎晩飛び回わることによって、生活様式によって起こる損傷と闘うようになったものと思われる。もしそうだとすれば、致死的なウィルスを保有する能力は共進化の偶然として二次的に備わったものであろう、とワン教授は言う。
この5月に「Emerging Infectious Diseases誌にて報告された別の仮説はコウモリが飛び回ると発熱と同じような効果を挙げるだけの熱を生成すると提唱している。多くの哺乳類で観察されるように、通常の免疫反応の一部として起こる発熱によって、侵入してきた病原体を非活性化するだけの体温にまで高めることで侵入して来た病原体と闘っている。この仮説は、毎晩飛び回って体温を高めることによりコウモリは体内のウィルスの負荷レベルを戻していると提唱している。
この考えについては実験が実施されてはいないが、コウモリが宿主となっているウィルスが人や他の哺乳類へ放出され、感染が起こると、極端に致命的なものとなるが、そのひとつの理由はこれらのウィルスは活性レベルの特に高いコウモリの免疫システムに何とか耐えるように進化してきた結果によるものではないか、と科学者らは推測している。
「われわれ自身はそのような免疫システムは持ってはいません」と、モンタナ大学にて病気生態学を専門とし、発熱・飛行に関する研究発表の著者でもあるアンジェラ・ルイスは言う。警戒を怠らず、防衛機能が常時スイッチ・オンの状態に維持されているコウモリからウィルスが放出されると、これらのウィルスはより弱体の免疫システムを圧倒することなんてまったく問題ないのである。
 
コウモリ談義?
ワン教授はコウモリがウィルスの宿主として特別に良好な環境であると即断することはまだできないとしているが、学会はその可能性を受け入れる方向に近づきつつある。
他の可能性としては数と機会との組み合わせである。つまり、コウモリが宿主となっているウィルスの流出は統計学的状況が作用しているだけであって、それ以上のものではないと言う。
既知の種類だけでも1,200種以上もあってコウモリは地球上の全哺乳類の20%以上を構成している。そして、哺乳類の間でコウモリよりも多いのは齧歯動物(ネズミやリスおよびビーバー、等)だけである(一般に理解されていることとは異なり、コウモリは齧歯動物ではない)。しかし、多くの地域ではコウモリは齧歯動物よりも個体数が多く、単一の集団でさえも数百万にもなることがある。
コウモリはどう見ても特殊であるとする考えは、大流行の勃発が人の関心を呼ぶことから、あるいは、コウモリはウィルスの巣であると見なす研究が他の理論を背景とする研究と比べても多いという事実が色濃く反映されているのかも知れない。「自己達成的な予言については私は警告をしたいところであるが、掘り下げれが掘り下げる程われわれはますます多くのウィルスを発見する」と、「エコ・ヘルス・アライアンス」にて病気生態学を専門とするケヴィン・オリヴァルが述べている。  

Photo-2: スリランカの海岸にて果物を食べるIndian flying foxと称されるオオコウモリ(Pteropus giganteus) 写真:Jan Arendtsz / Flickr

2013年の文献によると、オリヴァルのチームはIndian flying foxと称されるオオコウモリ(Pteropus giganteus)の生体内ウィルス集団を詳しく調査した。たった1種類のコウモリから、彼らは55種のウィルスを特定し、その内の50種は新規の発見であった。大雑把に言っても、これがあの独創的な2006年の研究でコウモリから検出されたウィルスの全数であった。同研究はその時点で行われた研究のすべてを網羅するものであった。8年の期間を介して、その数値は、「既知のウィルス」をどのように定義するかによって異なるが、2倍あるいは3倍以上に膨れ上がった。
しかし、この流れは必ずしもコウモリに特有というわけではないとオリヴァルは主張する。「哺乳類のウィルスの多様性については、われわれが理解しているもっと広範なスペクトルに注目すると、すべての哺乳類が極めて多様なウィルスを持っている」と、彼は言う。「それほど多くを持ってはいない種というのはわれわれがまだ十分に研究を行ってはいないということに過ぎない。」 
とすると、最後に残された疑問は、われわれはどうしてコウモリを宿主とする病気の大流行の話ばかりを聞くのであろうかという点だ。
「重要な点は生態学だと思う。これらの動物が何処に住んでいるか、人がどのようにこれらの動物と接しているのかを考えることです」と、オリヴァルは言う。本当に重要なことは人間とコウモリとの付き合い方にある。別の言い方をすれば、人間がコウモリの領域を侵害している点にあることを示唆している。

<引用終了> 

これで、全訳が完了した。
このブログの表題に対する答えとしてコウモリのゲノムを研究することによって得られた「コウモリに腫瘍ができることは非常に稀である。多分、これは修復遺伝子による修復作用が悪性腫瘍の成長をしのぐことができることに起因しているのではないか」という知見は非常に面白いと思う。
「腫瘍やウィルスに対抗する遺伝子は脅威に曝された時だけに活性化されるヒトやハツカネズミの場合とは異なり、コウモリの場合にはこれらの遺伝子は常時活性化されているとのことである。この機能こそが体内に保有されているウィルスを危害を及ぼし始めるレベル以下に抑制してくれる」と報告しており、興味深い研究成果だ。
でも、まだまだ説得力のある研究成果が新たに出てくる可能性は多いにある。
また、生態学者の見方はわれわれ一般人が考えてみたこともない側面を浮き彫りにしてくれているとも言えそうだ。
コウモリの長い歴史を考えれば、何千年も前にも、今と同じように、コウモリはエボラ・ウィルスの宿主であったのではないかと思う。しかし、その頃は人とコウモリとは棲み分けができていた。人がエボラに感染することは非常に稀であっただろうし、現代人の移動の頻度や距離に比べると、当時はエボラの大流行なんてあり得なかったのではないか。
現代の文明は果てしなく増える人口を抱え、従来はまったくなかったコウモリの生息領域への人の侵入をいやが上にも増加させた。結果として、エボラの人への感染を引き起こし、われわれは今その代価を支払っているのだとも言えそうだ。
一方、治療薬の開発が世界中で進行している。中でも日本初の治療薬が効果を示したとの報道もあって、これは非常に明るいニュースである。 

参照:
1Why Bats Are Such Good Hosts for Ebola and Other Deadly Diseases: By Nadia Drake, Oct/15/2014, www.wired.com/2014/10/bats-ebola-disease-reservoir-hosts/

 

 

2014年10月22日水曜日

エボラ危機の起源


西アフリカではエボラ出血熱による死者数はすでに4500人を超したと報じられている(BBC1021日)。 

また、923日、英国のガーデアン紙は、米国の疾病対策予防センターの話として、来年の1月までにエボラの感染者は140万人を超すだろうとの予測を報じた。 

エボラの流行は主にリベリア、ギニア、シエラ・レオネの西アフリカ諸国で起こっている。この流行を封じ込めることは非常に困難であるようだ。まず第一に、これらの国々は非常に貧しく、医療のインフラが整ってはいない。人口が密集した地域では発熱とか下痢症状が観察されると、その時点では既に二次感染が始まっているかも知れない。要するに、潜在的な患者の隔離は常に後手になってしまう可能性が高い。 

エボラ出血熱は現代のペストとなるのだろうか?14世紀のヨーロッパではペストの大流行によって人口の3割が命を落とした。 

エボラが流行する恐れはあり得ないとされている欧米においてさえも、エボラの患者が報告され始めた。米国およびスペインでは、医療関係者を中心として感染の報告が相次いでいる。遠い西アフリカにおける伝染病であったエボラが、今や、欧米においてさえも生命を脅かす身近な脅威へと変りつつある。 

最近の記事のひとつ [1] が公衆衛生の専門家との対談を掲載している。その対談ではエボラとの対応策が議論されている。「エボラ危機の起源」というタイトルで始まるこの記事は、生物学的なエボラの起源についてではなくて、西アフリカに蔓延しているエボラでは国際政治ならびに資本主義社会こそがその流行の触媒の役目を演じている指摘している。興味深い指摘だ。これはクイーン・メアリー・ロンドン大学で公衆衛生学を専門とするアリソン・ポロック教授の見解である。仮訳を下記に示し、それをご紹介してみたい。
 

<引用開始> 

タリク・アリ: 今日は、私たちは医療に関する話を進めます。今アフリカでは何が起こっているのかについて、さらには、アフリカ以外についても議論を展開したいと思います。キューバやベネズエラといったオアシス的な存在である地域を除くと、世界はすっかり私企業の医療に席巻されています。今日の私の話相手はアリソン・ポロック教授です。彼女は公衆衛生学の分野ではもっとも著名な専門家のひとりです。エボラ出血熱。これの起源はどこにあるのか。また、アフリカの三国ではどうしてあのように急速に伝染が広がってしまったのか。また、なぜ他の国でもパニックが起こっているのでしょうか。  

アリソン・ポロック: エボラはウィルスによって引き起こされますが、その起源は不明です。ある学説によると、コウモリに起源を有し、体液を介して伝染します。これはこの疾病を根絶しようとする時に考えなければならない重要なメカニズムです。ほとんどの状況において、この疾病は患者を隔離することによって容易に封じ込めることが可能です。しかし、最貧国のひとつであるシエラ・レオネやリベリアならびにギニアではインフラの整備が不完全であり、特に、医療施設は見るも無残な状況に置かれていることから、人と人との接触の機会が多い都市部においてはウィルスを適切な管理下に維持することはますます困難なものとなります。人口が過密で、貧困者が多く、衛生状態が劣悪な地域では、この疾病が発生すると、事態はますます困難なものとなってしまいます。

タリク・アリ: 西側諸国の公衆衛生当局、例えば、世界保健機構(WHO)はこの疾病の流行の当初、初期対応に遅れを取ったと私は感じていますが。
アリソン・ポロック: WHOは前回の1970年代のエボラの発生時にはいとも簡単にこれを封じ込めることができると考えていたようです。何が起こったのかと言いますと、恐らく、WHOはこれらの国々が最貧国のひとつであるという事実を十分に考慮してはいなかったのではないでしょうか。リベリアやシエラ・レオネは長い間内戦を経験しており、家を追われた避難民の問題は解決されることもなく、国内総生産や経済は疲弊していました。これらの国では多くの公的サービスが、特に、医療サービスがすっかり空洞化していました。そのような状況下ではエボラを封じ込めることは非常に難しいのです。当初は、結構容易に封じ込めることができるだろうとの期待があったと思われますが、実際には、ウィルスの感染によって高い致死率となり、感染すると約55%が死亡する程でした。状況は極めて深刻であるわけですが、最大の問題は西側、特に、米国政府はその解決策として、例によって、銃と魔法の銃弾に頼ろうとしています。オバマ大統領の表明によりますと、3000人の兵士を送り込むと言っています。また、それと並行して、ワクチンの製造を迅速に行うと言っています。これは公衆衛生の社会的ならびに構造的な要因からの完全な逸脱を意味します。なぜならば、公衆衛生学の観点から言いますと、中核的施策はその多くが非常に単純で、非常に基本的な策にあるからです。基本は清潔な飲料水、衛生、ならびに、適切な栄養です。つまり、貧困の弊害を排除することです。それに加えて、医師や看護師ならびに患者を隔離することができる医療施設を含んだ適切な医療システムが必要となります。また、「接触者の追跡」を行うことも必要です。地域社会の中へ入って行き、患者と接触があった個々の人たちを特定し、それらの人たちを隔離することが可能となります。そうすることによって、接触のあった人たちが発病しないように、あるいは、潜伏期間中にさらに他の人たちへ感染を広めることがないように手を打つことができるのです。しかし、西アフリカ諸国では、これらの可能性はすべて皆無です。 

これこそがこれらの国が直面している問題です。公衆衛生サービスは完全に崩壊しており、悲劇的な状況にあります。これらの地域では医師や看護師の数は非常に少なく、単純に言って、彼らは対応することはできませんし、公共の医療施設は満杯で、その状況は非常に悪く、医療従事者は極端に不足しています。こうした現状を見ると、伝染病がこれらの国を襲うことは確実視されていたとも言えます。エボラに襲われるかも知れないし、別の伝染病かも知れません。例えば、コレラとか。実際には、エボラに襲われました。これらの国々にとっては深刻な打撃です。しかし、これは20年以上も前から完全に予見されていたことであって、公衆衛生の関係団体やその支持者たちが提唱していたことでもあります。大流行を阻止する解決策はワクチンという魔法の銃弾でもなければ、兵隊を送り込むことでもないのです。構造的、ならびに、社会的な側面に注意を向けて、経済面や環境面から対応策を推進しなければならないのです。公衆衛生上のすべての策を講じなければならないのです。

タリク・アリ: しかし、西側の資本主義社会では、その機能を見ると、基本的に公共医療サービスに関しては冷淡で、私企業による解決策や私企業による施設が優遇されています。多くの国々では2段階または3段階で構成されたシステムが多くなってきています。つまり、裕福な人たちのためには非常に質の高い病院が用意されており、経済的に入院が可能な患者を収容します。二段階目の病院には中流階級の市民が収容されます。費用は患者の自己負担ですが、通常、それ程の負担にはなりません。施設は最良というわけではありません。それから、公共病院があります。アフリカでの事例ではありませんが、インドやパキスタンあるいはスリランカではまったく恥ずべき状況にあって、その現状は一向に改善されてはいません。要するに、優先順位が与えられてはいないからです。まさに言語道断です。あなたのお話にあるような方策でこそ医療システムが機能するとするならば、中期的あるいは長期的であるにせよ、明確な解決策はこれらの国々に強力な社会インフラを構築しなければならないということになります。しかしながら、IMFは過去40年間にわたってこれらの国々に対してそういったシステムには金をかけるなと言ってきました。これらの国々ではいったいどんな方策を採用することが可能だとお考えでしょうか。 
アリソン・ポロック: 非常に重要な課題を指摘してただいたと思います。IMFや世界銀行あるいはアフリカ開発銀行の役割は何か。リベリアやシエラ・レオネおよびギニアを見ますと、これらの国には実際には多くの天然資源がありますが、これらの国の経済に実際に何が起こっているのかと言いますと、ますます多くの土地が私有化され、外からやってきた外国の資本家によって占拠されています。外国資本が天然資源や資産をはく奪しているのです。リベリアの国内総生産は20億ドル前後で、人口は600万人です。外国から重役がやって来て、公共サービスは私企業との連携を保ち、大量の資金が国外へ流出する中、さらには、再分配の機構も整ってはいない中で、いったいどうやって彼らに再建しろと言うのでしょうか。再分配とはより公平な社会を築いて、資源を国内へ還流させようと努力することを意味します。
すべては経済から始まります。土地に関して何が起こっているのかから始まります。パーム油やカカオおよびゴムは重要な換金作物であるという現実から始まります。土地があって、それぞれの土地にはその所有者がいますが、その所有権が移譲されました。これはGlobal Witnessとか米国のOakland Institutionといった著名な団体によって十分に記録されています。これらの団体はそれぞれの土地に実際に起こったことを克明に記録しました。たとえば、リベリアでは多くの農民は人口の70%を占め、地方に住んでいます。彼らは自作農ですから、これは大問題です。生活費の80%を食費に費やす国民を抱え、彼らの周囲に防疫線を張り巡らした場合、国境は閉鎖され、経済の流れはなくなってしまい、これらの国では貧困の度合いがさらに悪化しますから、エボラのせいで非常に深刻な状況に陥ります。ですから、私は経済から始めなければならないと考えます。経済こそが構造的な問題の要因となっています。それから、健康に関して国際的な権威を有するのはWHOです。WHOは立法権限を持っていますが、過去20年以上もの間、完全に資金の欠乏にさらされてきました。たとえ資金を得たとしても、それらは、通常、あらゆる種類の条件が付いてまわります。これらの条件は大きな国際的なNGO、たとえば、 Bill & Melinda Gates Foundationによって設定されているのです。こういったNGOは民主的な基盤は皆無ですし、説明責任は持ちません。また、彼ら特有の「垂直疾病プログラム」を通じて、世間にはまったく知られることがないような害を及ぼすのです。どうしてかと言いますと、彼らは公衆衛生や公衆衛生システムに根ざそうとはしないからです。垂直疾病プログラムの好例を挙げてみましょう。たとえば、エボラの場合、エボラと闘うためにはある種の対策を持ち込んできますが、結核やマラリア、貧困、栄養不足、等のこの疾病と関連する他のすべての要因を無視してしまうでしょう。それと同時に、医療産業を立ち上げ、ワクチンの開発に取り組むことでしょう。 
しかし、実際には、ワクチンはこれらの国々が必要とするものではないのです。これらの国々が必要とするものは適切な再分配とか公衆衛生上の対策です。われわれは歴史から何も学んではいないようです。これはまさに驚くばかりです。構造改革や伝染病の撲滅といった偉大な業績は医薬品やワクチンのみに依存しているわけではありません。衛生や栄養ならびに適切な住居を含む再分配政策に依存しているのです。事実、何にもまして真の民主化に依存しています。それと共に、教育や他の施策も必要です。さて、ワクチンは全然必要ではないと言っているのではありません。最大の問題はワクチンの開発が「GAVIアライアンス」のような巨大なNGOの手中にあって、グラクソ・スミス・クラインやメルク等の巨大な製薬会社と協力して特許権の取得を模索しようとする点です。ワクチンは多数の住民の免疫化を果たします。大きな数は巨大な資金を意味します。もちろん、西側の政府に支払いをして貰いますので、この資金はこれらの国に容易に流入し、医療システムの再建を促進してくれます。公共医療インフラの再建について言っているのです。これには地域社会への一次医療の導入や地域社会レベルでの感染症管理班の創設、病院の設置、看護師や医師の訓練、等も含まれます。これらの国で見られるこれ以外の大きな問題は単なる頭脳流失ということではなく、少ないながらも医師や看護師が国内にいますが、彼らは機会があれば国を脱出したいと考えています。もしくは、給料がいい民間部門またはNGOで仕事をしたいと思っています。こうして、公共の医療施設は空洞化してしまうのです。民主的で、公共団体の所有による、公的に責任のあるシステムは誰もが信用してはいないのです。
タリク・アリ: 事実、政府の政策や西側諸国の優先順位、つまり、新自由主義や医療ビジネスの私有化、巨大製薬企業に対する管理や規制が徹底しないこと、等が理由となって、WHOは従来実行してきたことを投げ出してしまったのでしょうか。これらの国々の公共医療システムの必要に応じてWHOが実行し、てこ入れをし、強化し、再建しなければならないことが今や不可能な状況となっています。
アリソン・ポロック: 最近英国の医療専門雑誌にデイビッド・レッグによって掲載された重要な論文が現れました。これは過去20年間にWHOに何が起こったのかを詳しく説明しているのです。WHOにおいては、米国は自国が当然提供すべき資金の提供を拒否してきたのです。西側諸国や米国の政府が登場してきます。通常、ビル・ゲイツとメリンダが提唱する優先項目に連携した条件が付けられており、必ずしも基本的な公共医療には優先順位を与えません。WHOは手を縛られたままで、何も出来ないのです。実際にはWHOは立法権限を持っているのですが、その機能を実行したことは一度もないのです。ゲイツ財団やバフェット財団といった巨大な世界規模の財団が世界を舞台に優先順位を実際に決定することが可能な場合、民主主義上の弱点が露呈し、公共医療のために当然与えられるべき優先順位が歪曲されてしまうことに関して、今、私は議論しているのです。公共医療は経済と直結しています。彼らは商業化し、医療目的化を進め、新薬の事業化を促進しなければならないのです。しかし、これの反動は決して小さくはありません。西側における反動としては、新薬やワクチンの薬理効果や安全性および投与の適切性に関する批判的な信条や態度に何らかの影響が現れます。このグループはますます雄弁となり、ますます大きな関心を示します。最大の問題はビル・ゲイツとメリンダの財団が有する資金が莫大であることから、私自身のような公共医療の分野にいる技術畑の者たちがこの「グローバル・ファンド」の関心事と連携した仕事に就き、研究に従事することです。こうして、批判的な考えが空洞化し、それと同時に基本的な公共医療の機能も空洞化していきます。イプセンが言うように [訳注:イプセンの言葉を探してみました。「借金と金貸しに依存する家庭生活には、自由もなければ美しさもない」という名言が残されています。これが著者が引用したかった言葉のようです] 、公共医療は市民の敵となり、実際には皆が公共医療について批判的になり、それを評価する立場に置かれ、公共医療の社会的決定要因はいったい何かについて理性的に考えさせられることになります。でも、公共医療はぜんぜん難しいことではないのです。魔術的な一服や遺伝学や研究所での研究のために何百万ドルものお金を費やす必要はないのです。非常に基本的なことだけが必要なのです。なぜならば、それらが公共医療インフラの基礎となるからです。
タリク・アリ: これとは対照的に、キューバのような小国ではいったい何が起こっているのでしょうか。同国は公共医療システムを構築することに成功しています。あなたのいくつもの論点が観察できます。キューバは予防医学に注力しています。病気の広がりを中断し、公共医療ではトップ・クラスにランクされている国のひとつです。これはキューバ国民にも影響力を与えます。ベネズエラに提供した支援によってその影響力は高まっています。ベネズエラや南米諸国では公共医療はありませんでしたが、他の国に比べても今やかなり良好な環境にあります。たとえば、公共医療を自由化した東欧諸国やアフリカおよび大部分のアジアの国々よりも立派です。あなたはキューバのシステムを研究されましたよね。
アリソン・ポロック: はい、その通りです。キューバのシステムには非常に鼓舞されます。キューバを訪れた人は誰もがその公共医療システムの恩恵を感じ取ることができます。彼らは緊縮財政の意味を熟知している国家を築き上げました。でも、あの国のGDPはこれらの最貧国の多くの国とほとんど同等です。しかしながら、特に大きな不平等は存在しません。なぜかと言いますと、彼らの展望や一連の活動は公共医療を中心に展開され、国民全員のための医療制度を築いたのです。非常に立派な業績をあげており、驚くばかりです。現実の問題は今起こっている事に基づいて、新自由主義によって彼らの制度が脱線させられるかも知れません。また、新薬を市場に提供し、それらを売りさばく必要があるのかも知れません。今はキューバにとってそのことを考えなければならない非常に重要な時だと思います。しかし、実際にはキューバのGDPはどれほどであるかを常に念頭に置き、シエラ・レオネやリベリア、特に、リベリアと比較しつつ、そのGDPを用いて彼らが何を実現したのかを正しく記憶する必要があります。
タリク・アリ: もうひとつの重要な点は、アフリカや南米で何らかの災害が起こると、キューバは何時でも医師団を送っているという事実です。私はパキスタンで最悪の洪水が起こった時のことを今でも思い出します。あの時、キューバの医師団がやって来て、パキスタンの中でももっとも遠隔地へ出向いてくれました。そこでは、多くの医師は男性であることから、通常、女性は医師の診察を受けることは許されないのです。キューバの医師団がやってきた時、女性の医師が60%で、男性の医師が40%であるのを見て、そこの地域社会の男性たちはこう言ったのです。「あー、女性の医者がいるんだね。あんたたちは医者なんだよね。」 彼らはさらに「ふむ、ふむ」、「オーケー、あんたちは好きな時に女性の診察を行ってもいいよ」と言ったのです。医師たちと地域社会の女性たちの間に出現した親密な感情は驚くほどでした。子供たちとの間でも同様でした。キューバの医師は私にこう言いました。「あんたたちは何処から来たの?」と質問されました。彼女は「私らはキューバから来たのよ」と答えました。「それって何処にあるの?」 彼女はさらに「カリブ海にあるちっぽけな島よ」と答えたのです。すると、女性たちは「あんたたちの指導者は誰?政府は誰が運営しているの?」 彼らは医療の提供のために来ているので、この質問には注意深く対応しました。「われわれの指導者であるフィデル・カストロの写真があるけど、写真を見たい?」 皆が「見たい」と言うのです。こうして、カストロの写真を見せたところ、女性たちはこう言いました。「何とまあ!ひげを生やしているわ。ここから20マイル程先の村では皆がひげを生やしているのよ。そこへ出かけて行って、ひげを見たい?」 [笑い] しかし、キューバの医師たちからは信じられないほどの強い印象を受け、パキスタン中のメデアが彼女らの業績を報道したのです。彼女らはこう言いました。「私たちは政府からは何の支援も受けません。私らは自分たちのためにテントを持ってきていますし、装置も持参しています。私たちに必要なものはきれいな水を沸かすための容器だけです。後は自分たちがやります。医薬品も持参しています。」 要は、これはまったく別の話になりますが、英国の「国民医療サービス」も含めて、第二次世界大戦後に西側諸国に構築された医療サービスとは異なります。これらの国では、実際には、政府は公共医療サービスを補完するために医薬品産業を立ち上げることは特にしませんでした。それらの産業を国有化することは真剣に考えようともしなかったのです。さて、ここで、あなたがよくご存知のテーマについて話をしましょう。英国とEUの医療サービスについてです。アリソン、この件については今何が起こっているんですか。アフリカは非常に大事なテーマであるのは事実ですが、ヨーロッパの医療サービスではいったい何が起こっているんでしょうか。
アリソン・ポロック: 皆さんの多くが知っているようにヨーロッパで起こっていることは米国発の新自由主義的な政策です。米国の医療制度はGDPの約18%を占め、医療サービス産業は米国の蓄えを食い潰してしまったのです。それに比較すると、ヨーロッパでは平均で9%から10%です。そこで、ヨーロッパの医療サービスへの投資家たちは新たな市場を見出す必要にせばまれているのです。彼らは今ヨーロッパの医療制度へ侵入し、市場をこじ開けようとして多忙を極めています。もちろん、彼らが手にしたい最大の勲章は英国のNHS(国民医療保険サービス)です。これは、長年の間、ありとあらゆる医療システムの中ではもっとも公営化されたシステムです。われわれは権限の移譲をしました。スコットランドやウェールズおよびイングランドは個々の医療システムを持っていますが、スコットランドやウェールズのシステムは非常に小さく、彼らのシステムがカバーするのはせいぜい800万から900万人程度です。彼らは自分たちの制度を今も維持しています。しかし、イングランドは、多くの人たちは知らないままですが、NHS2012年の「保険・高齢者ケアー法」に基づいて撤廃したのです。NHSで今も残っているのは資金の流れで、NHSは単なるロゴマークに成り下がって、政府が今行っていのは公的事業の下で国民医療サービスに残っているものをバラバラに壊すことだけです。病院を閉鎖し、さまざまなサービスを止め、それらを私企業に売却し、外部契約に切り替えています。リベリアやギニアでは公有地の所有権が移譲され、囲い込みが行われているかの如く新たにやってきた外国人所有者の手に渡る様子を見て来ましたが、まさにそれと同じことが公共サービスや公立病院、公共の施設でも起こっています。一種の囲い込みも進行しており、利益を追求する私企業への移譲が行われています。しかも、イングランドでは驚くほど急速に起こっています。ヨーロッパの何処よりも急速な変化です。言わば、これは世界規模で起こっている新自由主義的な大プロジェクトであるとも言えるでしょう。 
タリク・アリ: 医療の私有化
アリソン・ポロック: 単に医療システムの自由化だけではなく、最終的には資金調達の自由化です。今、米国では、例のGDP18%の約半分弱は実際には政府が払っており、政府が払っているということはとどのつまりは納税者が払っていることになり、その資金は利潤を追求する企業へと流れます。イングランド政府は、資金調達の新しい流れを導入しようとして、NHSを「保険・高齢者ケアー法」に基づいて撤廃しました。同政府は国民が公的に受けるサービスのレベルを低下しようとしています。そして、NHSについて不満を抱きかねない環境を創り出しています。あなた自身や私のような中流階級の市民は個人的に自分のポケットから支払うか、健康保険から支払うかのどちらかとなります。こうして、われわれは今も残されているシステムを廃棄し、それとお別れをしますが、それと同時に、政府はわれわれのすべての給付金制度を縮小します。なぜかと言いますと、国民皆保険を提供する責務はもはやないのです。1948年以降存在していたあの法的な義務は2012年に廃棄されました。今や、義務はなくなって、政府はすべての給付金制度を縮小し、入手可能な恩恵のすべてを縮小し、われわれは自分のポケットから、あるいは、任意健康保険からますます多くの支払いをすることになります。我が国には任意健康保険の業界がありますが、この業界は米国からやって来たものであって、彼らは私企業が利潤を追求することができる健康保険へ移行するために政府が準備した新たな仕組みを促進しようとしており、間もなくそれを目にすることでしょう。政府が準備した新しい仕組みは米国のシステムに倣ったもので、大きな損失が出るかも知れません。そして、何百万ポンドものお金がますます無造作に浪費され、もちろん市場では誰もそれに気づくこともなくやり過ごされ、誰にも分からないことから、公共医療にとっては破滅的な状況となりそうです。あなたの前に座っている医師は患者の診察を行うだけです。医療制度へのアクセスを拒否された何万もの人たちには診療が行われません。ですから、米国では医師たちが街頭に出てデモに加わることはないのです。しかし、英国では、医師も街頭へ出てデモに加わります。医師たちは、今、国民保健行動党(NHA)の側に立っており、従来の党に対抗して候補者を擁立しています。医師たちは国民皆保険を達成するために闘う準備をしていますが、NHSが解体され、その名残さえもが消えてしまった今、根元が割れてしまったにもかかわらず、依然として花を付け、繁茂して、完全に枯れてしまうまでには何ヶ月も、あるいは、何年もかかるような樫の木に匹敵するものを活用しなければなりません。一旦消えて無くなってしまったからには、医師たちはもうそこに留まることはないでしょう。自分自身のことにかまける米国の医師たちと同じように、彼らは自分たちのポケットに関心があっても、国民皆保険には特段の興味はないのです。言わば、これは世紀の大犯罪です。英国の保守党と自由民主党との間の同盟関係はわれわれのNHSを実際に破壊してしまい、その過程では労働党政府からも大きな支援を得ていたのです。
タリク・アリ: 労働党が政権に就いていた頃、多かれ少なかれこの状況に至る基盤を築いたということですね。
アリソン・ポロック: その通りです。保健相のアラン・ミルバーンが2000年にこれを行ったのです。1997年に、労働党政府には私企業からの資金提供を避けるために私有化・市場化の政策を覆す機会が到来し、彼らには非常に優秀で、やる気に満ちた国務大臣がいて… 
タリク・アリ: フランク・ドブソンですね。
アリソン・ポロック: そう、フランク・ドブソンです。でも、彼らは素早く彼を排除してしまい、その代わりに、アラン・ミルバーンと彼の10年計画とが登場してきたのです。しかし、今は、彼は自分がその立ち上げに関与した医療会社に参画するために職を辞しています。悲劇的な状況でした。NHSを解体する法案が議会を通過した時、仲間たちの多くが、そして、多くの議員たちが利害の不一致に直面していました。自分たちが立ち上げようとした医療関係の会社に実際には関心を持っていたからです。
タリク・アリ: 実に言語道断です。ミルバーン自身も連中のひとり… 
アリソン・ポロック: まあ、これは民主主義の茶番劇です。本当にそうだと思います。公衆衛生の医師から見ますと、あれは完全な大失敗です。当面、年齢の如何を問わず、医療ケアを受けることができない深刻な精神病を患っている人たちや脳卒中を起こした人たち、今まで以上に医療ケアを得ることが難しくなった慢性疾患を持った人たちがいます。こういった人たちは荒野のど真ん中で声を張り上げているようなもので、誰も聞いてはくれません。今のところ、こういった人たちの声を聞いてやる手段が整ってはいないからです。医師や看護師たちもまったくのお手上げです。しかし、解決策は存在します。同僚と一緒に、私たちはNHS再構築法案を書き上げました。何れの党が政権に就いたとしても、これによってNHSを再構築することが可能です。解決策が見つかったのです。草案が作成され、準備が整っています。これによって、NHSを再建することができるでしょう。 
タリク・アリ: 一般大衆の生活に必要なものから利潤を追求することは合法的ですか? 
アリソン・ポロック: はい、一般大衆の病気や疾患においても利潤を追求することができます。利潤の追求は薬品産業やワクチンの製造から始まっています。利潤を追求することは完全に合法的です。病気や医療ケアにおいては利潤を追求するべきではないとでも?とても、そうは言い切れません。しかし、もちろんのこと、イングランドのNHSは再分配型になるように設定されました。税金から資金が供給されますので、これは斬進的であることを意味し、資金はニーズに応じて流れることを意味します。しかしながら、今目にし始めた状況は資金が患者のニーズではなく、株主のニーズに応じて流れているという事実です。これは深刻な問題です。もちろん、すべては政治的な意思に帰結します。何でも逆戻りさせることは可能ですが、すべては政治や民主主義ならびに自分たちの声を聞いて貰えるようにしようとする市民の意思次第です。
タリク・アリ: 同感です。
アリソン・ポラック氏はクイーン・メアリー・ロンドン大学の教授で、公衆衛生学に関する研究や政策の提言に従事しています。
タリク・アリ氏はThe Obama Syndrome (Verso)の著者。

<引用終了> 

アリソン・ポラック教授が言う公衆衛生面からのエボラ対策は分かり易い。清潔な飲料水と衛生および十分な栄養が基本だと言う。それに加えて、充実した医療インフラだ。もちろん、この種の施策は効を奏するまでには長い時間を必要とする。 

西アフリカ諸国では公衆衛生上の改善は絶対に必要であることは事実である。これは今までの10年、20年を完全に無駄にしてしまったという歴史的事実を示している。しかし、今西アフリカで起こっているエボラの大流行を封じ込めるには短時間の内に効果を示す別の方策が必要なのではないだろうかと思う。

1021日のBBCの報道(Ebola serum for Africa patients within weeks, says WHO: By BBC, Oct/21/2014)によると、リベリアでは数週間のうちにエボラから回復した元患者から採取した血清が入手可能になるとのことだ。これはWHOの話として伝えられたもの。しかし、どれだけの量が準備できるのかは現時点ではまったく未知数だと言う。西アフリカ以外でエボラの初の感染者となったスペインの看護師はエボラから回復した患者から得た血清を用いた治療を受けた。そして、テストの結果、ウィルスは消滅しているとのことである。
最大の皮肉は、エボラの感染が大流行すればするほどに、ますます大きなドルのマークが西側の医薬産業の眼に映るのではないだろうかという点だ。

 ♞  ♞  ♞ 

上記の引用記事ではパキスタンの片田舎へ派遣されたキューバからの医療団に関しても非常に興味深い逸話が紹介されている。 

キューバの医療制度は国民の全員が平等にその恩恵を受けられるように意図されている。一方、その対極にある米国型の医療制度は、どちらかと言うと、患者のためではなく、私企業の利益追求のために存在すると言えよう。英国では、米国型の医療制度に移行するために、従来から運営されていた国民医療保険サービス(NHS)が廃止されたが、今、それを再構築する努力が払われているという。 

エボラの話から一国の公衆衛生に関する政策論へと飛躍してしまった感があるが、医療制度を考える上では非常に興味深い内容だったと思う。 

日本でも国民皆保険制度は何度も修正を加えながら、運営が継続されている。大きな流れとしては、人口の老齢化や少子化によって日本の健康保険制度はますます運営が難しくなりそうだ。この問題は多くの国に共通した課題でもある。しかし、大雑把に言うと、キューバのように徹底して社会主義的な制度を追求する国ではうまく運営されている。アリソン・ポラック教授は「キューバを訪れた人は誰もがその公共医療システムの恩恵を感じ取ることができます」と報告している。日本にとっても学べる点が多いのではないだろうか。 

米国の対外政策に沿って新自由主義経済を標榜する、あるいは、標榜させられている日本においては、素人の私にとってさえも、国民皆保険という概念の実践は今後ますます困難になりそうに思える。 

しかし、アリソン・ポラック教授が最後に述べた言葉は印象的だ。彼女は「すべては政治的な意思に帰結します。何でも逆戻りさせることは可能ですが、すべては政治や民主主義ならびに自分たちの声を聞いて貰えるようにしようとする市民の意思次第です」と言っている。日本でも、政府や官庁の失政にぶつぶつ言っているだけではなくて、われわれ市民の意思が政策に反映することが出来たら素晴らしいと思う。 

 

参照: 

1The Origins of the Ebola Crisis: By Tariq Ali and Allyson Pollock, Weekend Edition October 10-12, 2014, Counterpunch

 

 

2014年10月12日日曜日

クリミア共和国の検事総長の髪の色が変わった!


忙中閑あり!今日は少しリラックスしてみたい。
今年の316日、クリミアではロシアへの統合に関する住民投票が実施され、投票総数の96.77%が賛成票を投じた。投票率は83.1%だったから、実質的な賛成票は有権者の80.4%を示したことになる。劇的な投票結果である。これを受けてロシアはクリミア共和国をロシアへ統合することにした。この一連の動きは非常に速かった。
あれから、7カ月になろうとしている。
ウクライナ政府とドネツクおよびルガンスク人民共和国との間で、95日、べラルースの首都ミンスクにおいて停戦協定が締結された。
その後、残念ながら、「相手が砲撃してきた」、「相手が停戦違反をした」といった非難の応酬が続いている。あちらこちらで小競り合いが続いているようだ。1011日のインターファックスの報道によると、ウクライナ政府は来週にはウクライナ東部での停戦を完結したいと表明した。ウクライナ政府の発表は往々にして嘘で固められていることが判明することが多い。この表明こそは本物であって欲しいものだ!
そんな中、クリミア共和国に関するニュースが目についた。今年の3月、日本ではアニメ作家の間で大評判となったナタリア・ポクロンスカヤ検事総長の髪の色が最近焦げ茶色に変わったという。
当時、彼女の人形のように「可愛い」容貌が「kawaii」という言葉を国際語にまでのし上げた日本発のポップカルチャーの一翼を担うアニメ作家たちの創作意欲をかなり刺激したようだ。西側では、日本からのアニメが突然主流メデアでも取り上げられた。普通はそういったアニメには接することがない人たちがこうして日本発のポップカルチャーに曝されることになった次第だ。
西側では、アニメとは違った形で、ポクロンスカヤがもてはやされた。ユーチューブの動画サイトには数多くのミュージック・ビデオが投稿されている。最初の段階に登場したのが「ニャーシャ・ミーシャ」(原題:Enjoykin — Nyash Myash)だ。これはあっと言う間に記録的なアクセス数に達した。4月の最初の三日間で370万、現時点では1400万のアクセスとなっている。
この動画を見たい方は、http://youtu.be/TBKN7_vx2xo にアクセスされたい。
リズムが楽しいし、ナタリア・ポクロンスカヤの雰囲気をうまく表現していると思う。使われている言語そのものはロシア語であるので私にとってはチンプンカンプンではあるのだが、音楽には国境がない。
彼女の名誉のためにひとつだけまじめな情報を再確認しておこう。418日のRTの報道(http://on.rt.com/pku26x )によると、クリミアでの住民投票が始まる前、検事局内部では4人の男性の同僚が検事総長の座を占めるにはリスクが余りにも大きい、あるいは、未知数だとして就任を断っていたそうだ。しかし、彼女は受けて立つことにした。
今日はこの「髪の色が変わった」というつい最近の報道 [1] を仮訳して、読者の皆さんと下記に共有してみよう。 

<引用開始> 
 


Photo-1: クリミア共和国検事総長、ナタリア・ポクロンスカヤ(RIA Novosti / Yuriy Lashov)

クリミアの検事総長、ナタリア・ポクロンスカヤのアニメ風のイメージはインターネット上でセンセーションを巻き起こした。彼女が国家評議会の会議に新しい髪型で、しかも、髪の色をかなり暗い色に染めて現れた時、皆の間では大きな動揺が起こった。 

ポクロンスカヤは、何時ものように、彼女の容貌や外見からだけということではなく、皆の関心を呼んだ。クリミア共和国のセルゲイ・アクショーノフ首相はこう発言した: 「クリミアの検事総長、ナタリア・ポクロンスカヤには謝意を評したい。彼女には多くの男性の活動の範疇を凌ぐような任務に就いて貰った。」 
34歳のポクロンスカヤは、この5月、クリミア共和国の検事総長に任命された。
 


Photo-2: クリミア共和国検事総長、ナタリア・ポクロンスカヤ(RIA Novosti / Yuriy Lashov) 

彼女の記者会見の模様が伝えられた時、彼女は世界中で注目の的となった。たった数日の間に何十万というアクセスがあったのだ。
ロシア人のブロガーであり、ミュージシャンでもある「エンジョイキン」はこの検事総長の記者会見とインタビューの映像を使ってミュージック・ビデオを制作し、ユーチューブに掲載した。今、1400万を超すアクセス数に達している。
また、ポクロンスカヤはほとんど直ぐに日本のアニメの偶像的な存在にもなった。世界中に分布する彼女のファンは彼女を「プロセキューテー」と呼び、ついには自分たちを「ナタリーエイト」と称するようにもなった。
しかしながら、彼女は、外見ではなくて、仕事の成果に基づいて自分を認めてくださいと言っている。
「私を検事として見て欲しい。自分の仕事を通じて私はこの任務を達成する積りだわ」と彼女は言う。
「検事総長のオフィスで働いて来た今迄の12年間、私は組織犯罪を扱って、多くの犯罪者を刑務所に送り込んだわよ。私の外見がそういった仕事で邪魔になることなんて一度もなかったみたい。むしろ、私の容貌が連中をうまく騙してしまうことを願っている程だわ」とポクロンスカヤは言う。 
<引用終了> 

ミュージック・ビデオの最後の部分に現れるアニメが重要なメッセージを送っている。

ポクロンスカヤが紙で作った舟を川に流す。下流では、膝小僧にバンドエイドを貼った少女がそれを拾い上げる。紙の舟を開いてみると、そこには二人の少女が手をつないでいる絵が描かれている。それぞれがロシアとウクライナの国旗をまとっている…
バンドエイドを貼った膝小僧は、言うまでもなく、キエフ政府軍の砲撃を受けて3000人を超す犠牲者を出し、民間の家屋やインフラを破壊され、電気も水道もない生活を余儀なくされているドネツクやルガンスク人民共和国の住民たちの姿を物語っている。
このミュージック・ビデオが示唆することを我々が真摯に受け止めるだけの器量や英知を持っているかが試されているみたいだ。
このロシアのミュージック・グループ「エンジョイキン」には、われわれも皆が立ち上がって拍手を送りたいと思う。
ウクライナとロシアが互いに手を取り合える日が一日でも早く来て欲しいものである! 
 

参照:
1Now a brunette! Crimean prosecutor Poklonskaya parades new haircut & color: By RT, Oct/11/2014, http://on.rt.com/0dvxks