2014年11月21日金曜日

手も足も出なかった! - 黒海で米ミサイル駆逐艦「ドナルド・クック」を恐怖に陥れたのは何だったのか?


「え、こんなことがあったの?」というのが小生の実感だった。 

米国ご自慢のイージス戦闘システムを搭載した米巡航ミサイル駆逐艦が黒海でロシアの爆撃機からの妨害電波を受けて手も足も出なかったという。これは驚きだ! 

ウィキペディアでイージス艦を調べてみると、下記の様な解説がある:

イージス艦とはイージス・システムを搭載した艦艇の総称。通常、高度なシステム艦として構築されている

フェーズドアレイレーダーと高度な情報処理・射撃指揮システムにより、200を超える目標を追尾し、その中の10個以上の目標(従来のターター・システム搭載艦は23目標)を同時攻撃する能力を持つ。開発当初の目的である艦隊防空だけではなく様々な任務に対応可能な汎用性を持つため、アメリカ海軍ではイージス艦のみで水上戦闘群を編成している。

イージス・システムは、イージス艦のイージス艦たる所以であって、その戦闘システムの中核である。イージス艦が搭載する全ての兵器はイージス・システムに接続され、組み込まれる。このため、イージス艦が搭載する戦闘システム全体を指してイージス・システム(イージス戦闘システム; Aegis Combat System)と総称することもある。

これは今年の412日に実際に起こったこと。もう7か月も前のことだ。ちょうど、ウクライナ政府がウクライナ東部のドネツクやルガンスク州の反政府派をテロリストと呼び始め、いわゆる「テロリスト殲滅作戦」を開始する直前だった。 

お膝元の米国では、この話は大手メデアにはまったく現れなかったそうだ。多分、軍産複合体を応援する主要メデアは情報管制を行っていたに違いない。察するに、威勢のいい言葉を口にしていたタカ派の政治家や軍産複合体のロビイストにとっては非常に不都合な話だったのではないか。したがって、この情報は非営利系のメデア(たとえば、この情報源のVoltairenetはパリに本拠を置く非営利組織)、または、ブログを通じて報道されたものばかりである。 

今日はこのテーマについて詳しい情報を探ってみたい。さっそく、小生が目にした118日の記事 [1] を仮訳し、その内容を皆さんと共有したいと思う。
 

<引用開始>



 Photo-1: 米海軍の巡航ミサイル駆逐艦「ドナルド・クック」

注: この記事は2014年の9月にVoltairenet によって初めて出版された。その使用言語は英語ではなく、他言語が用いられていた。[訳注:このVoltairenetはパリに本拠を置き、その記事はEU圏のさまざまな言語、ならびに、ロシア語、トルコ語、アラビア語、等で出版されている。]

米国務省は、米駆逐艦「ドナルド・クック」が黒海でロシア軍のスホイ24Su-24)戦術爆撃機による頭上の飛行を受けて極度の混乱状態に陥ってしまったことを認めた。同機には爆弾やミサイルは装備されてはおらず、電子兵器だけが装備されていた。

YouTubeビデオのタイトル: US destroyer Donald Cook enters Black Sea amid Ukraine tension 

[訳注: 引用記事ではここにビデオがあって、ビデオを視聴することができるのだが、その部分はこの訳文へはコピペができなかった。そこで、参照されているビデオのタイトルをここに示すことにした。読者の皆さんもそのビデオを覗いていただければと思う。駆逐艦「ドナルド・クック」が黒海へ入って来る様子は外交ルートを通じての交渉はとうの昔に捨ててしまい、対外政策の行使を軍事力に頼るようになってしまった米国の現状を示すものとして象徴的でさえもある…]

このビデオは米駆逐艦「ドナルド・クック」がロシアの領海の近傍で優位な位置につくために黒海へ入って来る様子をとらえたもの。

2014410日、米艦「ドナルド・クック」は黒海の海域に入った。412日、同駆逐艦の上空をロシアのSu-24が飛び回り、ひと悶着を引き起こした。複数の報道によると、これによって同艦の乗組員はすっかり混乱状態に陥った。ペンタゴンが抗議をしたほどである。

米艦「ドナルド・クック」(DDG-75)は誘導ミサイル駆逐艦としては第4世代であり、その主要な武器は2,500キロの攻撃距離を持つトマホーク巡航ミサイルである。また、核爆弾を装備することも可能。同艦は通常56基のトマホークを装備しており、攻撃モードでは96基を搭載することができる。 

この駆逐艦は最新式のイージス戦闘システムを搭載している。これは米国海軍の総合武器システムであって、単一ネットワークの下ですべての艦艇のミサイル防衛システムを互いに連結し合うことが可能である。そうすることによって、同時に何百基もの敵ミサイルを探索、追尾、破壊することができる。さらには、ドナルド・クックには4基の大型レーダーが装備されており、その能力は何個ものレーダー基地に相当するほどだ。防衛に関しては、同艦はさまざまな種類のミサイルを搭載しており、50基以上ものミサイルを装備している。

その一方で、米駆逐艦「ドナルド・クック」の上空をすれすれに飛んだロシアのスホイ24には爆弾もミサイルも装備されてはいなかった。単に機体の下側にバスケットが装備されていただけだった。ロシアの「ロシスカヤ・ガゼッタ」紙によると、このバスケットには「ヒビヌイ」と称するロシア製の電子戦用の装置が搭載されていた。

ロシアのジェット機が米駆逐艦に近づくと、この電子装置が米駆逐艦に搭載されているすべてのレーダーや指揮系統、諸々のシステム、情報通信、等を遮断してしまった。言い換えると、NATO軍の最新型の艦艇のほとんどに搭載されている防衛システムに連結され、全能の筈のイージス・システムが遮断されてしまったのである。あたかも、リモートコントロールでテレビの映像を切るかのごとく… 

それから、ロシアのSu-24は、実質的にすっかりつんぼになり、めくら同然となった米駆逐艦に向けてミサイル攻撃のシミュレーションを行った。あたかも演習を実施しているかの如くであった。ロシア機は、非武装ではあったが、飛び去る前に12回もこの演習を繰り返した。

その後直ちに、この第4世代駆逐艦はルーマニアの港へと向かった。

この出来事以降、防衛産業の専門家からは幅広い反応があったのは事実であるが、大西洋主義のメデイアはこの事件を注意深く隠ぺいし、米国の艦艇は二度とロシアの領海へ近寄ろうとはしなくなった。

ある専門分野のメデアによると、27名の乗組員が米艦ドナルド・クックでの勤務からは辞退したいとの届けを出したという。

ロシア空軍アカデミーに付属し、いわゆる「可視性を低減する」技術を評価し、電子兵器の研究開発を行う部門を率いるウラジミール・バルビンは次のようなコメントをした:

「電子システムが複雑になればなる程、電子兵器を使ってそのシステムの機能を無効にすることがより簡単になる。」
 

YouTubeビデオのタイトル: Aegis Ballistic Missile Defense - FTM 04-1

このビデオは米イージス・システムを紹介したもの。イージス・システムは最新鋭の米艦艇に搭載されており、NATO加盟諸国の海軍にもその搭載が進められている。しかし、このミサイル防衛システムは黒海でロシア機の電子兵器によって完全にノックアウトされた。

YouTubeビデオのタイトル: Ukraine Crisis: Russian Su-24 buzzes US Destroyer USS Donald Cook

この出来事を再現したもの。
 

<引用終了>
 

日本では6隻のイージス護衛艦が就役しており、さらに2隻が近いうちに就役する予定だ。しかし、それらの性能も、米艦「ドナルド・クック」と同様に、ロシア空軍のSu-24の電子兵器の前では無用の長物なのだろうか? 

最近見られるロシアと中国との急接近は経済面だけではなく、政治や軍事の面でも広範な協力が進められると報道されている。当然のことながら、個々の軍事技術についても例外ではないだろう。今回のロシア空軍のSu-24が示した性能は中国にとっては垂涎の的という位置づけになるのではないだろうか。 

尖閣諸島の海域では中国海軍の艦艇が日本の護衛艦に対して火器管制システムのレーダーを照射したことがあった。あの行為は日本では大騒ぎになった。以前はせいぜい中国旗を掲げた船団が尖閣諸島の周辺へやって来る程度のものであったが、この時は中国の艦艇が日本の護衛艦へ向けて火器管制レーダーを照射したのだ。つまり、火器を使用する一歩手前の段階であった。これは明らかに、日本側に対する対処の仕方がより強硬なものになったということだ。中国側の政治的意思の表明の仕方が一段と厳しいものに格上げされたということのようだ。 

上記の引用記事で見る米駆逐艦ドナルド・クックに対するロシア空軍の対処にもこれと似たような面が感じられた。 

ロシア側は電子兵器を使用して米側の対応を探ったのではないか。ロシアにとっては黒海は自分たちの裏庭にあるプールみたいなものだ。今回の事件を契機にして米艦艇がロシアの領海へ近づくことには抵抗を感じるようになったという事実はロシア側にとっては大きな収穫であったのではないか。
 

♞  ♞  ♞ 

この出来事をより客観的に把握したいと思うので、もうひとつの報道 [2] も下記にご紹介しよう。
 

<引用開始> 

巡航ミサイルのトマホークを搭載した米駆逐艦「ドナルド・クック」は、410日、黒海の中立海域へ入った。その任務はウクライナやクリミア半島におけるロシアの守備位置と関連して米国側の武力を誇示し、脅しをかけることにある。この海域に領土を持ってはいない米国の艦艇がこの海域に姿を現すことは行動の特性や滞在の期間を定めたモントルー協定と矛盾する。 

対応措置として、ロシア側は武装をしてはいないスホイ24Su-24)戦術爆撃機を派遣し、米駆逐艦の周りを飛行させた。しかしながら、専門家はこのロシア機には最新式の電子兵器が搭載されていたと説明している。その説明によると、この「イージス・システム」は近づいてくる航空機を遠距離からすでに探知しており、警報を出していた。すべては順調に進行していた。米艦のレーダーは近づいてくる航空機の速度を計算していた。突然、すべてのスクリーンが消えてしまった。「イージス・システム」はもはや稼働してはいなかった。標的情報はロケットには伝達されては来なかった。一方、Su-24は駆逐艦のデッキ上空を飛行し、戦闘時のような動きを展開して、米艦に向けてミサイル攻撃のシミュレーションを行った。そして、それを繰り返した。12回もだ。  

イージス・システムを復帰させ、防御のための標的情報を何とか伝達させようとする努力はどうやらすべてが無駄に終わったようだ。米国側からの武力による脅かしに対するロシア側の反応ぶりは非常に冷静であった、とロシアの政治学者であるパヴェル・ゾロタレフは感じている: 

威嚇行動は十分に独創的であった。武器を装着してはいないが、敵のレーダーに対して妨害電波を浴びせることができる装置を搭載しただけの爆撃機がイージス・システム、つまり、対空ならびに対ミサイルの最新式のシステムを搭載した米駆逐艦に対抗し、好成績を収めたのだ。この場合は艦艇での話ではあるが、システム自体がその位置を移動する場合は、本システムには重大な欠点がある。すなわち、目標追尾能力である。お互いに連携することが可能な艦艇が複数いる場合にはこれらのシステムは良好に動作する。今回の事件では、1艘だけの駆逐艦であった。この駆逐艦に搭載されているイージス・システム用レーダーのアルゴリズムは、Su-24からの妨害電波を受けて、データを読み込んではくれなかったようだ。ロシア空軍の爆撃機が周りを飛びまわっているという事実(こういった行動は冷戦時にはよく起こったものだ)に対して神経質になったばかりではなく、米国人はこの最新式のシステム、特に、情報処理とレーダーが適切な作動をしなかったという事実に対して神経をとがらせたのだ。こうして、この出来事の最中は非常に神経質な対応となったのである。 

この出来事の後、外国のメデイアは米駆逐艦ドナルド・クックはルーマニアの港へ急行したと伝えている。乗組員の内で27名が辞職願を提出した [訳注: ウィキペデイアによると、乗員数は337]。つまり、これらの27名の乗員は自分の生命を脅威に曝したくはないとして行動を起こしたわけだ。これはペンタゴンの声明によって間接的に確認されており、それによると、この出来事は米艦艇の乗組員のモラルに大きな影響をもたらした。 

黒海で米国が引き起こしたこの出来事による影響としてはどんなことが考えられるだろうか?パヴェル・ゾロタレフは下記のような状況を予想している: 

米国人はイージス・システムを何とか改善することになると思う。これは純粋に軍事的な課題だ。政治の観点からは、どちら側にも論証的な措置はほとんどない。あれで十分だ。当面、米国側にとってはこの出来事は非常に不愉快であろう。一般的に言うと、彼らが配備するミサイル防衛システムは非常に高価だ。彼らは、その都度、予算を割り当てなければならないことを証明しなければならない。と同時に、地上に設置された弾道弾仰撃ミサイルは理想的な条件下で実験が行われているが、それでもなお効率は低い。ペンタゴンはこの現状を隠している。海上で運用されるイージス・システムは最新式ではあるものの、この出来事を見る限りでは弱点があることを示している。 

<引用終了>
 

ドナルド・クックの乗組員は定員が337名とされている。この事件後、その内の27名が辞職願を提出したという。この事実はこの出来事が乗組員に如何に大きな心理的ストレスを与えたかを物語っている。イージス艦の戦闘システムの中核をなすイージス・システムが作動しなかったことから、乗組員は極度のパニックに陥った。想像に難くない。 

また、他の報道によると、この米駆逐艦は424日には黒海を後にした。410日に黒海へ入って来たのだから、この出発は到着の日から15日目のことであった。モントルー条約の下では、黒海へ入って来た艦艇は通常21日間は滞在することが許されるという。その期間を十分に使い切らないうちに、同駆逐艦は早目に黒海を離れたということになる。はるばると黒海にまで派遣された米艦艇にとっては、普通なら考えられないことだ。米海軍の上層部が如何に困惑したかが想像できよう。 

ところで、理解できない事柄がひとつあった。この引用記事では「お互いに連携することが可能な艦艇が複数いる場合にはこれらのシステムは良好に動作する。今回の事件では、1艘だけの駆逐艦であった」との記述がある。この部分は技術的に何を言おうとしているのかがまったく分からない。専門家の方の説明をお待ちしたい。 

ところで、軍事技術は未完成ではあっても配備は開始される。通常、それを使いながら改善を続けていくといった側面が大なり小なりついてまわる。 

二番目に引用した記事の最後の文章には「地上に設置された弾道弾仰撃ミサイルは理想的な条件下で実験が行われているが、それでもなお効率は低い。ペンタゴンはこの現状を隠している」という記述がある。私の理解するところでは、今までのシミュレーション・テストでは、敵のミサイルとして想定される弾道ミサイルについてはその速度や方向、高度が事前に分かっているという理想的な条件下においてテストが実施されていたにもかかわらず、失敗が続いていたと報道されている。多分、そのことを指しているのだろう。 

今回明らかになったイージス・システムの弱点も、システムを使用しながら改善を続けて行かなければならないという軍事技術特有の状況であると言えようか。 

この事件は小生のような素人が思い悩むべき事柄ではないかも知れないが、米軍の存在感に日本の防衛を依存している専門家の皆さんにとっては、衆知の事実となってしまったこの事件を耳にして、頭を抱えているのではないだろうか。 

 

参照: 

1What frightened the USS Donald Cook so much in the Black Sea?: By Voltaire Network, Nov/08/2014, www.voltairenet.org/article185860.html  


2Russian Su24 scores off against the American USS “Donald Cook": By RUSSIAN RADIO, Apr/21/2014, indian.ruvr.ru/.../Russian-Su-24-scores-off-against-the-Americ...

 

 

2014年11月12日水曜日

シェール・オイルの枯渇と米対外政策の行き詰まり

つい最近、「ワシントン政府は自分の足元を撃ってしまったのか?」と題する記事 [1] が現れた。これは米国でブームを呼んでいるシェール・オイルの個々の油井からの原油産出量が非常に短期間のうちに低減してしまうということが明らかになってきたことを報告している。

これが事実であるとすると、オバマ政権が始めたロシアに対する経済制裁も大きく影響を受けることになるかも知れない、と専門家は警告をしている。ワシントン政府の筋書きはこうだった:つまり、ウクライナを経由してヨーロッパ市場へ輸出されているロシア産の天然ガスを停止させ、その代わりにヨーロッパへは米国産のシェールガスを供給する。これによってロシアの収入は激減し、ロシアは予算に困窮し、軍事費を削減せざるを得ない…
もしもシェールガスの生産性が当初の予想と大きく食い違うような事態となれば、米国政府の筋書きは大きく狂ってしまうことは明らかだが、そういう意味合いから、この引用記事に含まれている情報は単に米国の国内経済に及ぼす影響ばかりではなく、米国の国際政治上でもべらぼうに重要であると言える。
それでは、その記事の仮訳を皆さんと下記に共有したいと思う。

<引用開始>
今頃はもうニューヨーク・タイムズさえもが米国の盟友であるサウジアラビアを使って国際的な原油価格を暴落させることによってロシアを破産させようとするオバマ政権の極秘戦略をおおっぴらに喋りはじめた。しかしながら、この戦略が開始された直後にオバマ政権の周囲にたむろしているネオコンのロシア嫌いや冷戦志向のタカ派たちは原油で汚れた自分たちの足元を撃ってしまったようである。前にも他の記事で報告しているように、彼らの原油価格戦略は基本的には馬鹿らしい限りだ。起こり得るすべての可能性を考慮してはいなかったのだ。まずは、価格が低下した時の米国の原油生産に対する影響を取り上げてみよう。
9月から始まった米国内の原油価格の暴落は、遅からず、米国のシェールオイル・バブルをはじけさせ、米国がサウジアラビアやロシアを抜いて世界最大級の産油国になるという幻想はあっけなく消えてしまうかも知れない。米国エネルギー省によって刊行された間違いだらけの予測値は、それが幻想を助長したとは言え、実は、オバマ政権の地政学的な戦略の根幹でもあった。
過去数年間の米国国内での原油生産は増加の一途を辿って来たが、その増産の背景にはネズミ講が存在していた。それが、今、虚構の煙のごとく消えようとしている。シェールオイル生産の基本的な経済環境はジョン・ケリーとアブドラー・サウジ国王の両者が9月の始めに紅海の近くで秘密の会談を行い、ロシアに対するサウジによる原油戦争に関して同意した時以降、原油価格は23パーセントも下落したことですっかり破壊されようとしている。
ゴールドマン・サックスのウオール街専門の分析専門家は2015年の予測を発表し、米国の原油価格はWTIWest Texas Intermediate)基準で1バレル当たり70ドルにまで低下すると述べた。20139月、WTIはバレル当たりで106ドルだった。これはたった2-3ヶ月で34パーセントも下落したことを意味する。では、これがどうして米国のシェールオイル生産にとってそれほどまでに重要なのか?従来の原油の場合とは異なり、シェールオイルの場合は生産開始後急速に産出量が減少するのである。
カナダ地質調査所において30年間もの豊富な経験を持つカナダ人地質学者のデイビッド・ヒューズが最近発行した総合分析の結果によると、彼は、既存の米国のシェールオイル生産データ(歴史が非常に新しいので、これは始めて公開されたデータである)を用いて、米国のシェールオイルの油井では原油の産出量が劇的に減少することを示した: 
本報告書には7カ所の原油生産フィールドが収録されているが、それらの3年間の油井からの産出量が低下する割合は平均で60パーセントから91パーセント辺りで変動している。これは油井からの産出期間のうちで最初の3年間に回収されると予測された量の43パーセントから64パーセントに相当することを意味する。7カ所のシェールガス・フィールドのうちの4カ所は油井の生産性から見るとすでに末期的な水準にまで低下している。これらの範ちゅうに入るのはハイネスビル、ファイエットビル、ウッドフォード、および、バーネットである。
もっとも良好なフィールドと目されていたこれらのシェールオイル地域の日産量に60パーセントから91パーセントもの低下が認められるという事実は石油会社にとっては原油生産を維持するためにはさらに深く掘り下げなければならないということを意味する。原油の生産量を増加させるなんて論外だ。さらに深く掘り下げるためには、採掘業者はより多くの資金を費やすことになる。かなりの費用となる。ヒューズによると、オバマ政権のエネルギー省は石油会社が提供したバラ色の推定値を無批判に受け入れ、これがシェールオイル「神話」を創り出したのだという。彼の計算によると、将来の米国のシェールオイルの産出量は米エネルギー省が2040年の予測値としてはじいた数値のたった10パーセントである。
ヒューズはシェールオイル会社が陥っている困難な現状を「石油掘削トレッドミル」と称している。石油会社は生産量を何とか維持するために油井をさらに深く掘らなければならない。それの繰り返して続けるしかない。生産を最大限に確保するために、これらの石油会社はすでに「スイート・スポット」と呼ばれるもっとも生産性の高いフィールドで操業をしてきた。生産性が最終的に低下し始める今、原油や天然ガスの産出がそれほどではない油井においては、油井の間隔を小さくして掘削の密度を上げなければならない。「もしも米国の原油や天然ガスの生産を深い油井からの生産に依存しなければならないとするならば、われわれは大きな失望を経験することになる」と、彼は付け加えた。

原油価格の低迷:
このヒューズの指摘はケリーとアブドラーによるサウジの原油価格戦争が始まる以前のシェールオイルの現状であった。今、米WTI原油価格が6週間のうちに破壊的とも言えるような25パーセントもの低下を示し、価格低下はさらに進行している。そして、ロシアやイランといった他の大手産出国は、すでに供給過剰となっている世界市場において、自国の国家予算のために歳入を増やそうとしてふんだんに供給をしている。これは価格をさらに低下させる圧力として作用する。
過去5年間の米国におけるシェールオイル・ガスによる大儲けの話は連銀の金利がゼロという環境や投資先に飢えていたウオール街の企業やファンドによる投機的な投資によって引き起こされたものであった。油井の枯渇が急速に進行することから、原油の市場価格が急落すると、それと同時にシェールオイルの掘削を行う企業へ資金を貸し出す経済環境も崩壊する。資金は突然消えてしまい、借金漬けとなっている石油会社は非常に困難な状況に見舞われる。
カーター大統領時代のエネルギー政策局の長官で、現在はエネルギー関連のコンサルタントを務めるフィリップ・ベルリーガーによると、新たに開発されたフィールドの中ではもっとも重要なノースダコタ州のバッケン・シェールは、1バレル当たり70ドルの価格では、7月には日産110万バレルの水準であったものが2月までには80万バレルへと生産を28パーセントも縮小せざるを得ないかも知れない。「価格が低下するとキャッシュフローも縮小し、掘削を継続するこれらの人たちに信用貸しされていた資金は枯渇する。結局、掘削の仕事は低迷してしまうだろう。」

神話、虚偽、そして原油戦争:
シェールオイル・バブルの終焉は原油を活用した米国の地政学には甚大な打撃を与えることだろう。今日、米国の原油生産の55パーセントはシェールオイルから由来し、過去数年間の生産増はすべてがシェールオイルからであった。原油価格が低迷する中、経済的リスクの故に資金源が断たれると、シェールオイルの掘削企業は原油産出量を何とか維持するために必要な新規掘削さえをも中止せざると得なくなる。
シリアのアサド政権に対する中東における米国の好戦的な対外政策、イランに対する原油禁輸措置、ロシアの原油開発プロジェクトに対する経済制裁、イラクの原油産出地帯でのISISに対する皮肉な寛容さ、リビアにおける原油経済の安定化を拒否し、それに代わって、無秩序状態を許容する姿勢、等はすべてが米国が再度原油生産の王者に帰り咲き、それによってリスクの高い原油に根ざした地政学的カードを切ることができるようになるというワシントンの自信過剰な展望を前提としている。CIAや国防省、国務省およびホワイトハウスに対してエネルギーに関して公の立場で助言する責任はエネルギー省にあり、同省は神話や虚偽に基づいたシェールオイルの増産予測を公表したのである。この報告を真に受けて、オバマ政権はバラ色に満ちたシェールオイルの神話や虚偽に根拠を置いた原油戦争へと走った。
この原油まみれの傲慢な姿勢は当時オバマ政権の国家安全保障担当補佐官であったトム・ドニロンの演説に要約されている。20134月のコロンビア大学での演説で、彼はこう表現した:「エネルギーにおける米国の新しい立ち位置はより強力な立場から物事に取り組むことを可能とする。上昇基調にある米国のエネルギー供給力は、たとえ世界市場での供給に中断が生じたとしても、あるいは、価格ショックが起こったとしても、それらの出来事に対するわが国の脆弱性を低減するクッションの役目を果たしてくれる。また、われわれが国際的な安全保障の目標を追求し、実践する上でもより強力な持ち札を提供してくれる。」 
米国のシェールオイルについて言えば、今後の3ヶ月程の期間は戦略的にも重要な時期となりそうである。
 
(注)ウィリアム・エングダールは戦略的リスクに関するコンサルタントであり、講演者でもある。彼はプリンストン大学で政治学の学位を取得。もっぱら「New Eastern Outlook」と称するオンライン・マガジンに寄稿しており、原油や地政学に関してはもっとも評判の高い著者でもある。
<引用終了> 

米国大統領がその任期をりっぱな成果を挙げて終了することができるかどうかは政府を取り巻く職員や助言者、各省庁の働き振り如何であると言えよう。大統領が一人で各省庁の長官を十分に指揮することができるとはとても思えない。そういう意味から、この引用記事が教えてくれた米エネルギー省の杜撰さは典型的なお役所仕事の結果であるとも言えそうだ。
オバマ大統領はまさに「裸の王様」そのものである。しかし、その「裸の王様」振りがどの程度のものであるかを知るには今後の推移を注意深く見守る必要がありそうだ。 

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117日付けの「Oil falls below $80 but floating ruble seen mitigating pain for Russia」と題した記事 [2] によると、次のように述べている(引用部分をイタリックで示す)。
原油価格は115日にこの4年間では最安値となる80ドル弱にまで低下した。これはサウジアラビアや他のOPEC諸国が生産量の削減を拒んだ結果を反映したものである。しかしながら、エコノミストらの見解によると、原油価格が大きく下落したにもかかわらず、実際に変動相場制に移行したルーブル通貨はロシア経済に対する悪影響の大部分を低減してくれている。
ここで、念のために数値関係を調べておこう。どういった数値を採用すれば良いのかは専門家にお任せするとして、ここでは単純にOPECの原油価格とルーブルの対ドル為替相場を用いてみた。
今年の原油価格は6月から7月頃の高値(OPEC basket price: 107.89$/B)から下落し始めて、117日には78.67$/Bとなった。約27.1パーセントの下落である。一方、ルーブルの為替レートは、つい最近、変動相場制に移行した。年央の6月から7月頃の為替レートは約34.5ルーブル/ドルであった。117日の為替レートは46.71ルーブル/ドルにまで低下。この期間に、ルーブルの対ドル為替レートは約26パーセント下落した。ロシア産の原油を輸出市場にてドルで売ってルーブルに換算すると、実質の原油価格の下落率は結構大きく緩和される。ルーブルに換算された原油の輸出代金は6月には1バーレル当たりで3,722ルーブルであった。117日のそれは3,674ルーブルとなった。したがって、国内でのルーブルによる受取額の下落率は1.3パーセントに過ぎない。ルーブル換算後の1バーレル当たりの輸出代金の受取額はほんの少し目減りした程度である。
原油価格の減少によるロシア政府の歳入への影響は輸出単価だけでは議論しても意味がない。原油価格が高止まりしていた頃と比較して単価が約27パーセント下落したわけであるから、政府としてはルーブル・ベースでの歳入額を維持するためには原油の販売量を約27パーセントも増やさなければならない。これはかなりの難題となるのではないか。
また、注2に示した記事は次の事項も報告している。
前回起こった原油価格の崩壊(1997年には10ドル台にまで下がり、アジア危機という背景もあって、しばらくその状態が続いた)に比べると、今回は大きな違いがある。今回はルーブルが変動相場制に移行している。これが原油価格ショックの大部分を吸収してくれ、政府としては為替レートを支えるために通貨準備金を浪費する必要もなく、同準備金を維持し続けることが可能である。
(同エコノミストが所属する)アルファ銀行は、原油価格は2015年には100ドルの大台を回復することが期待されることから、かなり楽観的な見通しを立てている。「この前提に立つと、1100億ドルの経常収支の黒字に支えられてGDP1パーセントの成長が見込まれれ、予算の不足額はGDP0.4パーセント(70億ドル)と非常に僅かだ」と、エコノミストのオルロヴァは言う。 「ルーブル安によってもたらされる余剰の歳入は内閣にとっては好都合で、投資を成長させるために資金を振り向けることが可能となる。これは来年の経済成長の原動力になるものと期待される。ルーブルの為替レートが1ドル当たり40から45ルーブルの辺りで変動していれば、2015年の原油価格がバーレル当たり100ドルと想定した場合、ルーブル安のお蔭で2014年にもたらされる歳入の余剰は、市場からの借り入れをすることもなく、予算の不足をカバーするのには十分である。」 
ロシアの2015年の国家予算が健全であるかどうかは私のような素人にとってはとても判断できるものではないが、ロシアのアルファ銀行のエコノミストは上記のように楽観視している。
今後、ロシアを破産させようとして原油の市場価格を低下させているサウジアラビアがどこまでその政策を維持することができるのかはおおいに見ものである。
米国のシェールオイル・バブルは原油価格の急落によって資金繰りが急速に悪化すると予想されている。たとえウオール街では行き場のない資金が溢れているとしても、投資リスクを回避するために貸し出しを渋るという状況が起こるのかも知れない。サウジアラビアの増産が今後も継続すると、米国では多くのシェールオイル・プロジェクトが頓挫することになろう。また、新規の油井の掘削は激減する。そうすると、シェールオイルの総産出量は急減する。
こうして、シェールオイル・バブルがはじけてくれれば、それはサウジアラビアにとっては自分たちのシナリオ通りであり、願ったりかなったりの状況となる。
また、その場合、オバマ大統領が描いたシナリオは成立せず、米国からヨーロッパへの天然ガスの輸出は実現が困難となる。
「ワシントン政府が自分の足元を撃ってしまったのか?」については、最初の記事の著者、エングダールが言っているように、今後3-4ヶ月は原油市場の推移を見守り続ける必要がありそうだ。 

 
参照
1Has Washington Just Shot Itself in the Oily Foot?: By William Engdahl, Information Clearing House – New Eastern Outlook, Nov/06/2014, journal-neo.org/.../has-washington-just-shot-itself-in-the-oily-f...
2Oil falls below $80 but floating ruble seen mitigating pain for Russia: By Johnson’s Russia List, Nov/07/2014, russialist.org/oil-falls-below-80-but-floating-ruble-seen-mitigat...