2015年11月29日日曜日

中国の原発建設ブームが意味するもの - そして、放射能汚染のコンピュータ・シミュレーション



中国ではこれから原発建設ブームが始まるようだ [1]。いや、もう始まっている。このフォーブス誌の記事によると、中国は2050年までに原発を400基新設するとのことだ。

この400基もの原発は何を意味するのか。

特に、福島原発事故で原発の安全神話が見事に崩れた後であるだけに、400基もの原発は事故が起こる確率を大きく高めるのではないかとのリスクをはらんでいる。原発が林立する将来の中国では、試算によると、チェルノブイリや福島原発級の過酷事故が7年ないし10年毎に起こる可能性がある。

もし中国で原発の過酷事故が起こった場合は、汚染された大気が日本を襲うことは必至である。過酷事故が7年ないし10年毎に起こっては欲しくないのは当然のことであるが、そのような予想は何を根拠としているのだろうか。決して他人事では済まされない。

さっそく、この記事を仮訳して、読者の皆さんと共有してみたいと思う。


<引用開始>


Photo-1: 原発

「原発を安く、しかも素早く建設する方法を中国が提示」という結構強気な表題を持った記事が先週フォーブス誌に現れた。

同記事は2016年から2020年の期間を網羅する中国の新5か年計画に示された原発建設計画の規模を賞賛している。その計画によると、中国政府は1千億ドルを投資して2030年までに新たに7基の原発を建設する。

フォ-ブス誌の記事で、ジェームズ・コンカは「中国では2050年までに350GWの原発が新設される。これには400基の原発が含まれ、原子力に1兆ドルの資本が投下される」と記している。 

著者のコンカは、目下、本件についてすこぶる熱狂的である。しかし、現実には、原発特有の潜在的な悪夢が表面化してくるのではないだろうか。今日までに得た経験則から言うと、平均的には、原発による過酷事故3,000年から5,000年の運転時間毎に起こる。400基もの原発が同時に運転されると、3,000年に達するのにそれほど長い時間を要するわけではない。

もしもそのような規模の数多くの原発を稼働させるとすれば、実際に、中国国内だけでも、7年から10年毎にチェルノブイリ原発あるいは福島原発級の事故が起こり得ることを意味する。

率直に言って、中国はどれだけ安全なのか: 

原発の建設やそれ以外の産業において中国が実績として際立って優秀な安全性を示しているとするならば、事故が起こるまでには、確率としては、かなり長い時間を要することになろう。例えば、スイス・スタイルの原子炉事故は1万年に1回位だ。[訳注:スイスのライブシュタット原発では非常に珍しい手違いが起こった。作業員たちが鉄骨コンクリート製の格納容器に6個ものドリル穴(穴径6ミリ)をあけて、消火器を設置した。これは2008年のことだった。しかも、それ以降の6年間、監督官庁(ENSI)は同原発において合計で500回もの検査を行っていたにもかかわらず、これら6個の穴にはまったく気づかなかったという珍事が起こった。]

しかし、あの手違いは中国で起こったのではない。今年の8月、天津港で大火災を起こし、数カ所で爆発が起こり200人もの死者が出た。数平方キロもの工業地帯が壊滅的な被害を受けた。 

後刻明らかになったことではあるが、あの場所にはシアン化ナトリウムやカルシウム・カーバイド、硝酸アンモニウムならびに硝酸カリウム、等を含む危険物(爆薬)が7000トンも保管されていた。これらの危険物の所有者らは政府中枢の要人と繋がりを持っており、このことが政府による規制を形ばかりの軽いものとしていた模様である。

最近、中国は高速鉄道でも事故を起こした。最悪の事故は20117月に起こった。故障を起こし易い信号系が誤作動した。浙江省の温州にて2本の高速列車が正面衝突を起こし、40人が死亡した。BBCの報道によると、中国政府は「設計上の欠陥と杜撰な管理」がその原因であるとしてこの事故を非難した。

建設から炭鉱産業に至るまで、中国は幅広い産業分野において安全性に関しては非常に劣悪な記録を残している。

もしも中国の原子力産業における安全性が西側の平均値よりも劣ると予測されるならば、果たして安全であるのか、それとも、そうとは言えないのかに関してはまったく実績を持ってはいない新型原子炉が設計され、さらにはその変形も設計され、何個所かでそれらが同時に建設中であることを考えると、我々の懸念は高まる一方である。

また、別の懸念は中国での原発の建設や運転にまつわる秘密主義である。これらは、単純に言って、通常、公のメディア以外によって賞賛の言葉を用いずに報じられることはない。秘密主義は劣悪な実績や手抜きを隠ぺいするものであることが多い。

したがって、実際には、中国の原発は3000年ないし4000年毎に過酷事故を引き起こすのではなく、むしろ、もっと頻繁に事故を引き起こす可能性を考えざるを得ない格好の事例となる。恐らくは、2000年毎?このような頻度においては、我々は10年毎に原発の大事故を2回も経験することを意味するのである。

安価? 何らかの懐疑心を持った方がいい: 

フォーブス誌は中国製の原子炉が非常に安く製造できることに浮かれ騒いでいるが、我々はそのことについては少しばかり懐疑的に対応すべきである。たとえば、「陽江に建設される6基の100万キロワット級の原子炉はチャイナ・ジェネラル・ニュークリア―社の巨大な原発基地となり、600万キロワットでたったの115憶ドルで済むという。これは西側のコストの三分の一でしかない。」 

あるいは、海南島の長江一号機については、「中国が初めて設計した60万キロワット級の二基の原発のコストは31.5億ドルでしかない。」 一方、防城港では、「この建設地では6基が計画されているが総コストは120億ドルとされ… 建設期間は5年、1基当たり20億ドルが中国では当たり前となっている。」 

いったいこれらの原発のコストは実際にはどれほどになるのかについて誰かが知っているのだろうか?実際には、我々は何も知らない。中国の原子力発電会社は共産党や人民解放軍を含む諸々の国家機関の監督下に置かれており、公の統計数値や説明は単純には信頼できないのが現状だ。

中国における原発の建設は米国やヨーロッパにおけるコストに比べると労賃が安いことから安価となる。しかし、実際にそれほどまでに安いとするならば、安全面において大きな代償を払うこともなくそのような低コストを実現することは不可能である。 

フランスのフラマンヴィルとフィンランドのオルキルオトにて建設中のふたつの欧州加圧水型炉(EPR)に関して建設上の問題点や遅延の状況に注目してみよう。これらふたつのプロジェクトでは共に、今や、当初の計画に比べて3倍ものコストに見舞われている。また、安全上の欠陥が何度もの遅延を招いた。たとえば、フラマンヴィルの原子炉本体の冶金学的な欠陥とか冷却系の主要な弁の信頼性とかの問題が表面化した。

もちろん、こういった類いの問題点を無視し、建設工事をどんどん先へ進めて、5か年計画に示された目標を満たすだけならば、建設工事全体は遥かに早く完了し、コストも割安となる。しかしながら、数年後には原発が過酷事故を引き起こす可能性ははるかに大きくなる。 

津波の危険性 - 「起こるかどうか」ではなく、「何時起こるか」だ:

フォーブス誌が提供した次の10年間に建設が完了するとされている原発の建設予定地を地図上で確かめてみることも非常に大事だと思う。全体で77基となるが、これらは中国の東部および南部の海岸に建設される。これにはふたつの理由が絡んでいる。つまり、電力需要が多いこと、ならびに、海から冷却水を入手できることである。

しかし、もちろん、これらは次の10年間に建設を終了する原発についてだけである。もしも2050年までに400基の原発のすべてが建設されたとしたら、恐らくは、300基前後が海に面して建設されることであろう。

もちろん、内陸に建設された原発であっても、揚子江や黄河、あるいは、それらの支流の氾濫によって事故が引き起こされる危険性がある。しかし、それらの事故よりもはるかに過酷な危険性は海に起因する。中国の南部や東部の海岸は地震が活発な海域に面している。福島原発事故を通じて日本人が見い出したように、原子力と地震および津波という組み合わせは危険そのものである。

中国の南部や東部の海岸地帯での津波の危険性に対してどうして関心を向けるのかと言うと、台湾の沖合で2006年にふたつの恒春地震が起こったからである。この地震では建物が破壊されただけではなく、海底ケーブルが切断されて、通信網が破壊された。

最近のある報告によると、香港やマカオが2メートルを超す津波に襲われる危険性は今後の1世紀間に10パーセントの確率で起こる。これは主としてマニラ海溝における地震活動によるものである。しかし、さらに北や東へ向かい、広東省の汕東では津波の危険性が上昇し、13.34パーセントとなる。

そして、その危険性はさらに高まるかも知れないのだ。「この確率は最近地震活動が高まっていることからさらに上昇するかも知れない。台湾地域での地震は80年から100年の周期性を持っており、この活発化された地震活動は1999年のチチ地震から始まっている」と、著者らは記している。

確実に言えることは津波の危険性は実際にあり、甚大であると言うことだ。地震に関する歴史的な記録はふんだんに存在すると著者らは書いている。台湾の近くにあるマニラ海溝は「将来非常に大きな地震を引き起こす可能性がある。」 加えるに、この地域は火山地帯でもある。もしも火山活動と地震が同時に起こったら、より巨大な津波が引き起こされるかも知れない。

「マニラ海溝の南端は中国の海岸からは程遠いのではあるが、この地域の歴史的記録を見ると、マグニチュードが8.0前後となる地震を何度も引き起こしている。南シナ海の海洋部分はほとんどが深いことから、マニラ海溝の海域で起こった津波はそのエネルギーを失うこともなく中国の海岸に到達し得る。」 

「波のエネルギーはより浅い海域に放出され、海岸地域に津波による甚大な被害を巻き起こす可能性がある。」 

世界でも最初の、しかも、真の意味で地球規模の原発事故となるかも: 

私は中国の東部や南部の海岸沿いに建設される300基の原発に対する津波の脅威を詳しく研究したわけではない。しかし、すくなくとも1基については研究した。それはこの記事の冒頭に写真で示している原発である。同原発では7基の原子炉が現在稼働しており、大きな危険性を孕んでいると見られる。

中国の海岸地帯に林立する300基もの原発が巨大な津波に襲われた場合に引き起こされる災害はまさに壊滅的なものとなろう。数多くの原発が津波に襲われ、それぞれが「福島」級の役割を演じることになる。

これは中国ではもっとも開発が進み、もっとも富裕で、もっとも生産性が高く、もっとも人口密度が高い地域に大規模な放射能汚染を撒き散らすだけではなく、大気と海流を通じて全世界に世界でも初めての地球規模の放射能汚染を引き起こすことになろう。 

それでも、ひとつだけいいニュースがある。中国での原発の建設はフォーブス誌が主張しているほど速やかには進行してはいないことである。より新しい第三世代の原発はそのほとんどが建設終了時期に大きな遅延を強いられており、これはEPRの設計上の欠陥についてヨーロッパが経験したことを反映している。

我々にできることは建設上の困難さが継続し、山積されるよう願うだけだ。中国の指導者が太陽光や風力ならびのその他の再生可能なエネルギー源へ投資をした方が国民に十分なエネルギーを供給する上ではより迅速であり、より確実であり、また、より安全でもあるということを認識するよう願うばかりである。これこそが自国や世界に対して存続の危機を引き起こすことのない唯一の解決策である。

著者のプロフィール:Oliver TickellThe Ecologist誌の編集者であり、この記事は最初に同誌に掲載された。

<引用終了>


著者のOliver Tickellの懸念は全うだと思う。日本の場合は原発は「安全だ」、「安全だ」と言われて来たが、その安全神話はその足下から脆くも崩壊した。

中国でも同じような状況が起こらないとは誰も断言することはできない。ましてや中国の海岸沿いに300基もの原発が並んでいるところへ地震や津波が襲ったとしても、放射能を放出するような事故は起きないとは言い切れない。それどころか、多重事故になる可能性が非常に高い。

全世界における原発の数は世界原子力協会のウェブサイトに掲載された記事 [2] によると、 今年の2月の時点で31か国が合計で435基の原発を稼働している。


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福島原発事故は「安全神話の崩壊」として形容された。これによって、現実の社会を見つめる我々庶民の政府や電力業界に対する態度はまさに180度も変化した。20年ほど前には、地下鉄サリン事件が起こった。あの事件が起きた時、真夜中でも女性が一人で通りを歩くことが出来ると言われ、世界でももっとも安全な街であると言われていた東京の街が突然危険極まりない街へと変わってしまったのだという自覚に突然襲われた。しかし、今回の安全神話の崩壊はそれ以上の衝撃であった。

日本では「安全神話の崩壊」という情緒的な表現が全国へ広がって行ったが、ドイツではマックス・プランク化学研究所の研究者が、20125月、原発の過酷事故の頻度は従来言われていたよりも200倍も高い頻度で起こり得るとの報告をした [3]。また、セシウム137の拡散についても貴重な報告をしている。(日本で喧伝されているよりも)かなり広範な汚染が起こり得ると報告しているのである。

福島原発事故が起きてすでに4年半が経過。日本でこの種の科学的な報告が出て来ないのは何故だろうかと考えさせられてしまう。日本の科学者の間には言いたいことも言えない何らかの社会的な制約が厳然と存在しているのかも… ここで、敢えて単純に日本人とドイツ人の行動を比較をしてみると、ドイツ人の方が日本人よりも物事の論理を尊重するのだと言えるのかも知れない。多分、これが決定的な違いを生みだしているのではないか?

それでは、注3の記事を仮訳し、それを読者のみなさんと共有したいと思う。


<引用開始>

チェルノブイリや福島で起こったような原発の大事故は従来想定されていたよりも高い頻度で起こり得る。民間の原子炉の稼働時間ならびに炉心のメルトダウン事故が起こった原発の数に基づいて、マインツに所在するマックス・プランク化学研究所の科学者らはそういった過酷事故は(現在の原発の数に基づいて言えば)10年から20年毎に起こり得るとの計算結果を示した。これは従来推定されていた頻度の200倍も高い数値である。また、そのような大事故においては、放射性のセシウム137の放出量の半分は原子炉から半径1,000キロの圏内に拡散すると研究者らは報告している。彼らの計算結果によると、西ヨーロッパは50年毎に40キロベクレル/平米以上の汚染に見舞われるとのことだ。国際原子力機関(IAEA)はこのレベル以上の放射能による影響を「汚染」として定義している。自分たちが得た知見の観点から、研究者らは原発に起因するリスクに関してさらに詳しい分析を行い、再評価を行うよう求めている。


Photo-2: 激しい汚染のリスク(%/年):  放射能汚染による世界的リスク。このマップは40キロベクレル/平米以上の放射能汚染を受ける確率が年当たり何パーセントになるかを示す。西ヨーロッパは年当たり2パーセントの確率となる。© Daniel Kunkel, MPI for Chemistry, 2011

福島原発事故は原子力エネルギーの議論に火をつけ、ドイツは原子力エネルギーからは撤退することにした。ここで議論されている過酷事故による世界的なリスクは従来考えられていたレベルよりもはるかに高い。これはマインツのマックス・プランク化学研究所の理事、Jos Lelieveld に率いられたチームが行った研究の成果である。「福島原発の事故後、同事故のような過酷な事故が再度起こる可能性に関心が集まり、我々が所有している大気循環モデルを用いて放射性降下物の挙動を実際に計算できるのかどうかが問われた。」 この研究結果によると、世界中で稼働している原発のひとつがメルトダウン事故を引き起こす確率は10年から20年に1回となる。現在、440基の原発が稼働しており、60基以上の建設が計画されている。

メルトダウン事故が起こるかどうかを確定するに当たって研究者らは単純な計算を行った。世界中で商業用に稼働されている原発の稼働開始から現時点までの総運転時間を実際に過酷事故が起こった原発の数で割った。総稼働時間は14,500年であり、メルトダウン事故を起こした原発の総数は4基。つまり、チェルノブイリ原発で1基、ならびに、福島原発で3基である。国際原子力事象評価尺度(INES)によって定義される「深刻な事故」は3,625年毎に起こると言える。この計算結果をもっと大雑把な数値に丸めると、深刻な事故は5,000年毎に起こる言えるが、それでも、米国の原子力規制委員会が1990年に算定した炉心のメルトダウンによって放射能が外部へ放出されるような重大事故が起こる確率に比べると、新たに得られたリスクは200倍も高いのである。マインツの研究者らは原子炉の年齢や型式による区分け、あるいは、原発が地震等によってリスクがより高い地域に設置されているかどうかといった区分けは行ってはいない。結局のところ、日本で起こった原発の過酷事故は誰も予測しなかったのである。

放射性降下物の25パーセントは2,000キロもの遠隔地にまで拡散: 

結果として、研究者らは地球を取り巻く大気に関するコンピュータ・モデルを用いて事故現場の周囲に拡散する放射性のガスや粒子の分布を特定した。このモデルは気象条件や大気の流れを計算し、大気中における化学反応を説明するものである。たとえば、同モデルは非常に微量なガスの世界規模の分布を算出することが可能であって、放射性のガスや粒子の拡散を予測することができる。放射能汚染を概算するために、研究者らはセシウム137137Cs)の粒子がどのように大気中に拡散し、地球上のどの地点に降下するのか、そして、その降下物はどれだけの量となるのかについてを計算を行った。137Csはウランが核分裂を起こす際に生じる。137Cs の半減期は30年であり、これはチェルノブイリや福島原発での大惨事によって引き起こされた放射能汚染のもっとも中心的な元素である。

コンピュータ・シミュレーションによると、平均して、137Cs 粒子の8パーセントだけが事故を起こした原発から50キロの圏内に降下すると予測された。137Cs 粒子の約50パーセントは半径1,000キロの圏内に降下し、約25パーセントは2,000キロ圏内に降下する。これらの結果は原子炉事故は国境を越してかなり遠方にまで放射能汚染をもたらすということを示している。

この拡散に関する計算ではメルトダウン事故が起こる可能性および原子炉が世界中に設置されている密度とを組み合わせることによって、世界がどれだけの放射能汚染を受けるかに関して現時点でのリスクが算出された。IAEA によると、40キロベクレル/平米以上の放射能による汚染を受けた地域を「汚染地域」と定義している。

マインツの研究チームは、原子炉の設置密度が特に高い西ヨーロッパにおいては40キロベクレル/平米以上の放射能汚染を受ける可能性は約50年毎に1回起こるとの予測値を導いた。人口密度が高いドイツ南西部に住む市民は世界中でもっとも高い確率で放射能汚染を受けると推定された。これはフランス、ベルギー、ドイツの国境沿いには数多くの原発が設置されており、西風を受ける頻度が高いからである。 

西ヨーロッパにおいて1基の原発がメルトダウン事故を起こすと、平均で約28百万人が40キロベクレル/平米以上の放射能汚染を受けるだろう。この数値は人口密度が高い南アジアではさらに高まる。同地域では過酷事故が起こると、34百万人が影響を受け、米国の東部や東アジアでは14百万から2千百万人が影響を受けることになる。

「ドイツの原子力エネルギーからの撤退は放射能汚染のリスクを国家レベルで低減する。しかしながら、もしもドイツの隣国も原発の稼働を停止すれば、さらなるリスクの低減が実現されるだろう」と、Jos Lelieveld は述べている。「我々は原発事故のリスクに関して詳細に、かつ、公的な立場で分析を実施しなければならないというだけではなく、これらの知見に基づいて国際的な連携を取りながら原子力エネルギーから撤退することを考えるべきであると思う」と、この大気科学の専門家は付け加えている。

SB/PH

<引用終了>


原発のメルトダウン事故の恐ろしさはチェルノブイリや福島の原発がいやと言う程証明してくれた。

しかしながら、もっと正確に言えば、原発事故の本当の恐ろしさは日本では今後20年、30年経ってからでないと正確にその全容を語ることはできないというのが現実である。放射能汚染の場合、汚染は途方もなく長い時間にわたって継続することから、我々を途方に暮れさせる。常識の範囲で言えば、こういった知見や教訓を今後次世代のためにどのように生かして行くことが出来るのかが最大の難問だ。

そのような意味で、冒頭に掲載した中国の原発建設ブームに関して懸念を抱く環境問題の専門家が示した警鐘は非常に重要である。


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今やコンピュータ・シミュレーションは上記のような解析を行うことが可能である。民生の向上に直結する政策のために活用して欲しいものだ。コンピュータでなければ出来ないような作業は多いにコンピュータに任せて、政府や地方自治体は得られた結果を行政に賢く活用するべきである。

欧州の科学者らは活発にコンピュータ・シミュレーションを用いている。上記の記事 [3] の著者らは2013年にさらに別の論文を発表した [4]。この後者の論文は、福島原発事故による放射性物質が何処へ、どれだけ拡散したのかを推測したものだ。この報告書は下記のように結論している。

「…モデル計算の結果、大気中に放出された放射能の殆んどは海洋に降下した(約80%)。この計算結果は他の研究者らの報告ともよく一致する。事故時の風向きは東風であったが、大気中の放射性物質の一部は西あるいは南西の方向へ運ばれ日本の陸地に降下し、一部は少量ではあるがフィリピンにまで到達した。上記に述べた大気中への放出量に基づいて言うと、日本の国土では34千平方キロの地域が4万キロベクレル/平米以上の137Cs131Iによる汚染を受け、最大で約940万人が放射能に暴露された。また、我々の計算モデルの結果は6万平方キロの面積に1万ベクレル/平米以上の放射性物質が降下したことを示している。この地域には最大で46百万人が居住している…」 

「…福島原発の周辺地域では今後50年間に汚染を受けた大地からの放射線被ばくは125ミリシーベルトを越すと推算された。この知見は131Iの放出量が非常に大きな不確定性を含んではいるものの、今後50年間の放射能被ばくはセシウムによるものである故その影響は小さいと言える。」

念のためにおさらいをしておこう。健康被害の観点からは、生涯で100ミリシーベルトを越す被ばくを受けるとがんの発症率が有意に高まると言われている。

このシミュレーション結果は首都圏を含む広大な地域が福島原発事故によってIAEAが「汚染」と定義するレベル(4万キロベクレル/平米以上)、あるいは、それよりも少ないが1万ベクレル/平米以上の放射能汚染を受けた可能性を示している。ここに示された汚染濃度はあくまでも平均値であるから、平均値の周りに分布する汚染の大小はさまざまである。首都圏でも局地的にはかなりひどい汚染が起こっていても不思議ではないと言えよう。事実、いくつかの報告はそういったホットスポットの存在を伝えている。

4万キロベクレル/平米」の汚染とはどいうものかと言うと、有名な小出裕章氏は下記のように述べている。

「基準でいうと、1平方メートルあたり4万ベクレルを越えるようなものは現在の日本の法律では放射線管理区域となり、そこからはどんなものでも持ち出してはならない。… 1万ベクレルというのはどれほどのものかと言うと、もうびっくりして、私だったらその場には入らないというような汚染のレベルです。」 (出典:b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/.../65775464.htm

この欧州から提出された論文中に掲載されている図8をここに転載してみよう。


Photo-3: (図8)コンピュータ・シミュレーションによって得られた放射能汚染マップ (注:このマップの右端にある尺度の単位は、コピーした際に右端が切れてしまって正しく表示されてはいないが、正しくは「キロベクレル/平米」である。また、図中に示された黒丸は福島原発の位置を示し、正方形は東京首都圏を示す。) 

ところが、福島原発事故の際には、30年もの開発期間と128億円もの資金を注ぎ込んで設置されていたSPEEDIスーパーコンピュータによるシミュレーション結果は何故か事故後の政府の説明や地域住民の健康を守る政策の決定には用いられず、抹殺されてしまったのである。事故直後の放射能の拡散のシミュレーション・データが得られていたにもかかわらず、原子力安全委が実際に公表したのは323日と411日の2回だけだったと新聞で報じられている(2011517日現在)。

また、さらには、日本気象学会の新野宏理事長(東京大教授)は福島第一原発事故で放出された放射性物質の拡散予測の公表を控えるように学会員に要請していたと報道されている(東京新聞、2011430日)。小児甲状腺がんを予防しなければならなかった地方自治体の対策には役立たずに終わったのである。日本にとっては非常に不幸な話ではあるが、一番必要な時に科学者たちは自からの責任を放棄してしまったのだ。

何故データを隠ぺいしたのか?それは「原子力村」内部の身内に対する配慮からだったと推測されている。他にどんな理由があったと言うのだろうか?私にはとても思いつかない。

さらに言えば、たとえ限られた数の実測値に基づいてシミュレーションを行った結果であったとしても、まったく情報が提供されない場合に比べると、そういったシミュレーション結果であっても地域住民のためには遥かに有用であったに違いない。お偉方が、当時、見え透いた言い訳のために持ち出した「パニックの回避」という目的にさえも、はっきり言って、より有効であったに違いない。

「地域住民のために有用である」ということは、裏を返せば、「原子力村にとっては不都合極まりない」ということになる。利害関係者間においては、情報の隠ぺいは害を与える側が考えつく行動のひとつである。他にはいったい誰が隠ぺい策を真剣に考えるだろうか?

「中国の原発建設ブームが意味するもの」という主題からコンピュータ・シミュレーションへと話が飛んでしまったが、これは放射能汚染をキーワードとした場合、特に中国の原発が日本にとっては何を意味するのかを考えると、コンピュータ・シミュレーションを避けては通れなくなったからだ。そこで、実際の研究の事例を2件ご紹介してみることにした。


参照:

1: Does China’s Nuclear Boom Threaten a Global Catastrophe?: By Oliver Tickell, Oct/30/2015, www.counterpunch.org/.../does-chinas-nuclear-boom-threaten...

2 Nuclear Power in the World Today: By World Nuclear Association, Feb/2015, www.world-nuclear.org/.../nuclear-power-in-the-world-today/

3Probability of contamination from severe nuclear reactor accidents is higher than expected: By Max Planck Institute for Chemistry in Mainz, May/22/2012, www.mpg.de/5809418/reactor_accidents

4 Modeling the global atmospheric transport and deposition of radionuclides from the Fukushima Dai-ichi nuclear accident: By T. Christoudias et. J. Lelieveld, Atmos. Chem. Phys., 13, 1425-1438. 2013