2016年5月12日木曜日

シリアで放火犯と消防車のふたつの役割を演じる米国



戦禍が絶えない中東から北アフリカ諸国における一般市民の窮状は目を覆うほどである。

この地域においては21世紀に入ってから米国による中東政策によって4百万人もの市民が殺害されたと言われている。しかしながら、米国では4百万人の犠牲者は米国の国益(つまり、国際的な覇権を維持する上でもっとも中心的な役割を演じるエネルギー源を確保すること)を達成するという最優先事項の前では問題視されない。

米軍の記者会見では紛争地帯での市民の死亡者数は「巻き添え被害」として報告され、「地域住民の犠牲者」とか「一般市民の犠牲者」といった表現は使われない。私にとっては、この事実は米政府や米軍の潜在意識下における何か本質的なもの、例えば、倫理的罪悪感を物語っているように思えてならない。 

米国は、圧倒的に強力な軍事力を背景にして、国際紛争においてはダントツの影響力を行使するころができる。米国(ならびにその同盟国)には国際紛争の場においては警察官としての役割があると思っている人が多い。また、そういった役割を期待する向きも多い。しかしながら、警察官役だけに徹していればまだいいのだが、現実にはそうではないことも多いのである。

地政学的な論評では定評のあるトニー・カルタルッチが見事な見解を示してくれた。米国は国際紛争の場面では「放火犯」と「消防車」のふたつの役を同時に演じることがある、と彼は言う。的を突いた表現である。シリアにおける米軍の姿がまさにそれに相当するからだ。

半年程前の彼の論評 [1] を覗いてみよう。半年前の記事ではあるが、現時点の状況にもすんなりと適用可能である。彼の物の見方は国際政治の現実を読み解こうとする時、大きな手助けとなる。

念のために、著者のプロフィールを見ておこう。彼はタイのバンコックに本拠を置いて作家活動を行い、地政学分野においては著名な研究者としての位置を築いている。世界のさまざまな出来事を東南アジアの視点から読み解こうとし、自給自足を推進することが真の自由を確保するためのひとつの条件であると彼は強調する。

その論評は次のように始まる(注:引用部分を斜体で示す): 

ビルに火をつけた放火犯を想像して貰いたい。放火をした後放火犯は現場から立ち去り、今度は消防士の制服を着こんで現場へ戻ってくる。ところが、彼が手にしているのは消火ホースではなく、ガソリンが入ったドラム缶だ。彼の狙いが消火することにあるなんていったい誰が信じてくれるだろうか? 彼の目標は明らかに火事を引き起こすことにある。しかも、どんなに消火活動を講じたとしてもそう簡単には消火するができないような火事だ。つまり、すべてが燃え尽きるまで待つしかないような火事だ。

この冒頭の要約は核心を突いており、素晴らしいと思う。シリアにおける米国の行動を簡略に纏めあげており、それでいてすべてを物語ることにも成功している。さらに彼の論評を辿ってみよう。

米国は1年以上にもわたってシリア上空の空域を非合法的に往復していた。米国はシリアと国境を接するトルコやヨルダンの国内で大っぴらにテロリストに武器を与え、訓練をしてきた。この活動はすでに何年にもなる。2011年にシリア紛争が始まる時点よりもずっと前の2007年、米国はすでにある陰謀を企てていた。この事実はピューリッツアー賞を受賞しているジャーナリスト、セイモアー・ハーシュとのインタビューで明らかにされたことではあるが、彼の9ページの報告書「The Redirectionに報じられている。宗派の違う急進派、つまり、アルカイダを使ってシリア政府を不安定化し、転覆しようというものだ。武器や資金の供給はその出処を隠ぺいするために米国の古くからの同盟国であり中東ではもっとも忠実なサウジアラビアを通じて行うとしている。

・・・

消火をするためにガソリンのいっぱい入ったドラム缶を持ち込む:  

最近の米国の動きを見ると、すべてにおいて正直さが欠けている。米国の政策立案者はイスラム国と実際に戦うことは避けようとする戦略を大っぴらに支持し、自分たちが引き起こしたシリア紛争に終止符を打とうとするのではなく、それに代わって、イスラム国のテロリストと戦い、難民を支援するふりをしながらシリア紛争を終結に導こうとしているロシアの邪魔をしている。米国は国内の一般大衆の支持を得るのに好都合な言い訳になると思われることは何でもしようとしているのだ。 

最近、本当の姿が西側の新聞にも報道され始めた。ワシントン・ポストは「オバマはシリアに関する戦略を持ってはいるが、それは大きな障害に阻まれている」と題した記事ではっきりと下記の点を述べている: 

[米国は] シリア北部で空爆作戦を拡大しようとしている。特に、トルコとの国境地域においてだ。これはイスラム国を支持する外国人兵士や資金および物資の流れを遮断するためだ。

ワシントン・ポストはイスラム国への支援はNATO の一員であるトルコの手からは離れるかも知れないと大っぴらに認めている。これらの「流れ」を食い止めるには、明らかに、支援や補給がシリア領内へ届く前に、つまり、トルコとシリアとの国境地帯にて遮断作戦を展開しなければならない。イスラム国の戦闘能力が強化され、NATO 圏からシリア国内に向けての補給が行われていることは明らかであるからだ。具体的に言うと、この事実はイスラム国が初めてイラクに現れた際、2014年の6月にも記したように、シリアに対する西側の介入を拡大し、深化させるのに役立って来たのだ。

イスラム国の存在はまさにガソリンがいっぱい詰まったドラム缶に相当する。米国はこのドラム缶を運び込み、故意に火を消そうとはしない。それどころか、その火をさらに大きくして、手が付けられないようにしているのである。

・・・

放火犯と消防車の二役を演じる米国のシリア政策 - このトニー・カルタルッチの表現は言い得て妙である。何が実際に起こっているのかを考える時、シリア紛争には数多くの相矛盾する要素が入り込んでおり、非常に複雑な印象を与えるのが常である。何と言っても、ど素人の私たちにとってはこの論評は実に分かり易い。

シリアでは今年の227日の零時から米ロ主導の停戦が発効した。米国はロシアがかねてから主張してきた政策に賛同し、ついに、アルカイダやアルヌスラを除き、反政府派と政府軍との間での停戦が成立した。つまり、アルカイダやアルヌスラといった急進派と政府軍との間では交戦状態が継続しているのである。

米国はこの停戦協定においても姑息なトリックを用意していた。「穏健な反政府派」という概念である。アルカイダやアルヌスラといった過激な反政府勢力とは違い、米国は穏健派に対しては支援を続けたいと言う。425日の報道 [2] によると、具体的には、米政府はシリアへさらに250人の特殊部隊を送り込むという。これでシリア国内で展開する米兵は合計で300人となる。今回もシリア政府の了解もなしに行われる。主たる目的は地方の穏健な反政府勢力の軍事訓練であるという。

つまり、米ロ主導による停戦が消防車であるとすれば、この新たな250人の米兵の派遣は将来的にはガソリンを抱え、消防士の制服を着込んだ放火犯となる可能性がある。

たとえば、昨年9月の出来事 [3] はまさにガソリンをいっぱい抱えた消防士の姿を如実に示している。その一部を下記に示して見よう:

米国にお気に入りの穏健派である「第30師団」の戦闘員らはアルカイダと連携を保つジャブハト・アル・ヌスラの兵力に降伏してしまった、と月曜日(つまり、2015921日)の夜数多くの情報源が報じた。

この「第30師団」は米国主導の下にトルコで行われた軍事訓練を卒業した第1期生である。この訓練はイラクとレバントのイスラム国(ISIL と闘うためにシリアに戦力を配備しようとしてトルコで実施されていたものである。

アルカイダの地方下部組織であるジャブハト・アル・ヌスラの一員であるアブ・ファド・アル・トウニシと称する男のツイッターによると、「アメリカにとっては強烈な打撃・・・ 昨日第30師団からの新しい部隊がシリアへ入って来た。彼らは安全な通行を許可されてから、彼らが所有する武器のすべてをジャブハト・アル・ヌスラに引き渡した。彼らは大量の弾薬や火器、数多くの軽トラックを引き渡したのである。」 

また、ジャブハト・アル・ヌスラの一員であるとするアブ・カッタブ・アル・マクディシは、第30師団の司令官である アナス・イブラヒム・オバイドは武器を必要としていたので米国主導の同盟軍を陥れたのだとジャブハト・アル・ヌスラの指導者らに対して説明したという。

・・・先週の水曜日(つまり、2015916日)、米中央軍のトップであるロイド・オースチン将軍が米上院軍事委員会において上院の指導者らに衝撃をもたらした。当該プログラムの修了者で依然としてシリアで戦いに加わっているのは数人しかいないと彼が述べたのである。「たった4~5名だ」と彼は言った。 



国民的、民族的、あるいは宗教的な集団に対する虐殺の過程では、さまざまな手段や宣伝が用いられており、真相を知るには多くの場合余りにも複雑である。主要メディアは政府や軍需産業にとって都合のいい筋書きに沿って報道をする。そこには、当然のことながら、個々の情報を取捨選択する過程がある。商業メディアは多くの重要な情報を故意に省いて報道を行っていると断言しても、それは間違いではない。それが現実の姿である。

かくして、新聞やテレビのマスメディアは一般大衆に対してさまざまな形で情報操作を行っている。一般大衆はそうった事実を感じ取ることはほとんどない。何故かと言うと、こういった情報操作は実に巧妙に運営されているからだ。結局、全国規模の巨大な宣伝マシーンの前では個人が持つ情報収集能力なんてたかが知れたものだ。まったく太刀打ちできないのが現状である。

しかし、広い世界にはさまざまな意見やまったく違った世界観を持った人たちがたくさんいる。

英語圏の記事を読んでいると、「これは大事な情報だな」とか「皆に知って貰いたいな」と思うような記事に出あうことが頻繁にある。私はそういった記事を少しでも多く日本語に仮訳して、この「芳ちゃんのブログ」に投稿している。

あれはブログを開始してしばらく経った頃のことだった。シリア紛争では20138月にダマスカスの近郊で化学兵器が使用された。一夜のうちに1,400人もの一般市民が殺害された。その際、この虐殺は政府軍側が行ったものであるとして西側の主要メディアが情報を流した。要するに、これは西側によるシリア攻撃という筋書きにぴったりと合った口実となる予定であったのだ。米軍によるシリアに対する空爆の準備は整っていた。

しかしながら、シリア空爆の口実となる筈の情報の信ぴょう性そのものがあっけなく崩壊したのである。その崩壊をもたらした幾つかの要因のひとつとしてシリアのカラ地区にある聖ジェームズ修道院で女子修道院長を務めるマザー・アグネス・マリアム・エルサリブがいる。マザー・アグネスと彼女のチームはインターネットへ掲載された映像を入念に調査し、これらの映像が作為的に演出されたものであることを指摘してくれたのである。

彼女の報告内容の詳細については、私もこのブログへ投稿をしている。詳細を知りたい方は2013923日に投稿した『<シリア> YouTubeに掲載されている化学兵器使用のビデオは「でっち上げ」』をご覧いただきたい。

マザー・アグネスの報告によって、米国政府が画策していたシリアに対する空爆の口実は見事に覆されてしまった。しかも、世界中の世論を味方にしようとしたこの絶好の口実はキリスト教系の修道院の院長と彼女を支援する団体という、言わば、素人たちが行ったビデオ画面の精査にさえも耐えられなかったのである。かくして、米諜報機関の計画は9回裏に素人の手によって逆転されてしまったのである。

その一方、ロシアによる外交が奏功して、シリア所有の化学兵器を国際監視団の管理下ですべて廃棄するとの約束がシリア政府との間で実現した。こうして、幾つかの要素が功を奏して、シリア空爆は回避された。

この自作自演劇で世界が目にしたのは、巧妙な西側の情報操作といえどもすべてが完璧に進行するとは限らないということである。小さな失敗がすべてをぶち壊してしまうことがある。2013年のシリアでの場合もそうだった。結局のところ、この化学兵器の使用は米国が後押しをする反政府武装集団による自作自演であった公算が非常に高い。

たとえ些末な情報であっても、そういった情報が後に非常に重要な役割を演じることがあるということを実感した。英語圏で入手可能な情報で、日本では報道されてはいないのではないかと思われる情報はたくさんある。山ほどもある。しかも、毎日のようにだ。

こうして、当時のシリア情勢の展開がこのブログの基本的な方向を明確化してくれた。

2016年ももうすでに5月だが、私はこの初心をあらためて読者の皆さんとの約束にしたいと思う。



参照:

1: US in Syria: Stopping the “Arsonist-Firefighter”: By Tony Cartalucci, New Eastern Outlook, Nov/06/2015

2More boots on the ground: Obama sends 250 more US troops to Syria: By RT, Apr/25/2016, http://on.rt.com/7aym

3 US-trained Division 30 rebels ‘betray US and hand weapons over to al-Qaeda’s affiliate in Syria': By Nabih Bulos, The Telegraph, Sep/22/2015








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