2017年10月24日火曜日

もしも北朝鮮が核攻撃を行ったとしたら、日本の被害の大きさはどれ程になるか?



1020日の産経新聞の報道 [1] によると、北朝鮮の核の標的は米国のみであって、第三国には向けられてはいないとのことだ。これは、同日、モスクワで開催された「モスクワ不拡散会議」本会議に出席した北朝鮮外務省の崔善姫米州局長の言葉である。

しかし、問題は戦争の行方は多くの場合計画通りには進まない。そのことは歴史が十分に教えている。

日本は朝鮮半島のすぐ側に位置しており、もっと決定的な要素がある。日本には北朝鮮が敵視する(あるいは、敵視させられている)米国の軍事基地が北から南までいくつも並んでいるのだ。この事実を忘れることはできない。北朝鮮と米国との間で戦争が勃発した暁には、日本は、韓国と並んで、北朝鮮の最初の攻撃目標になることだろう。

北朝鮮が核兵器やそれを運搬する手段を開発し、実戦用として配備した場合、「日本はどれ程の危険に曝されるのだろうか」という率直な疑問が皆の頭をかすめる。これは当然のことだ。北朝鮮は水爆を開発したと報じられている。もしもそれが使用されたならば、甚大な被害をもたらすことは間違いない。いったいどれ程の被害となるのか?

この疑問に答えるかのように、専門家が試算したかなり詳細な情報がインターネット上に既に出回っている。

105日の読売新聞は次のように要約して、報じている [2]

米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮問題研究グループ「38ノース」は4日、北朝鮮が複数の核搭載ミサイルで東京と韓国の首都ソウルを攻撃した場合、死者が最大約210万人に達するとの試算を発表した。爆発威力がTNT火薬換算で1525キロ・トン [訳注: 威力の上限は「25キロトン」ではなくて、「250キロトン」の筈] 25発の核ミサイルを2都市に発射したと仮定。東京で約20万~約94万人、ソウルで約22万~約116万人の死者が出るとした。ミサイル防衛による迎撃などを想定し、爆発成功率を2080%として被害を見積もった。

読売新聞の記事が引用した原典に関して、さらなる詳細を覗いてみようと思う。まずは、その原典を解説する記事 [3] から始めよう。スプートニク・ニュースによってかなり詳しく報じられているので、それを仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。


<引用開始>


Photo-1: © REUTERS/ KCNA

北朝鮮の核開発に関して同国と米国との間で緊張が高まる中、もしも軍事的衝突が起こり、北朝鮮が韓国と日本に対して核攻撃を行ったとしたら、約210万人の死者が出るだろう。専門家のマイケル・ザグレクによれば、米国がこの危機を武力によって解決しようとすると、もはや後ろへは引けない状況となる。


三つのシナリオ: 

2011年以降、北朝鮮は98回の弾道ミサイルの発射実験を行っている。そして、今年の728日には大陸間弾道ミサイル(ICBM)の打ち上げ実験が初めて実施されたことによって北朝鮮危機はその頂点に達した。 

ザグレクの調査によると、北朝鮮は現在2025個の核弾頭を所有している。

「北朝鮮は25発の運用可能な核弾頭を持っており、それらをソウルと東京へ向けて撃ち込むものと想定する。核弾頭は15キロトンから250キロトンまであり、それぞれの弾頭は最適高度にて空中爆発を起こすように調節される」と、北朝鮮問題を専門に扱う「38ノース」と称されるウェブサイト上で公開された報告書で彼は述べている。 

















Photo-2: © AP Photo/ Eugene Hoshiko

ワシントンと平壌との間の対立における軍事的な局面は今後実施される北朝鮮の核実験によってもたらされることであろう。ザグレクによると、新たな核兵器の性能を試験するには、平壌は空中、あるいは、水中で核爆発を起こすかも知れない。このような展開は米国および他の核大国に何らかの反応を引き起す可能性がある。

二番目にあり得るシナリオは米グアム基地の近傍へ到達するミサイルの実験だ。 この場合、分析の結果によると、このミサイルの迎撃を含めて、ワシントン政府は迅速な対応をとることだろう。

最後に、三番目のシナリオは米国が北朝鮮のミサイル実験場や核実験場ならびにそれらの開発施設を爆撃することだ。

「北朝鮮の指導部はこのような攻撃は金一族を権力の座から引きずり降ろそうとするものだと理解し、その結果、自国が壊滅される前の最後の対応として核兵器による報復を試みるだろう」と、ザグレクは書いている。 


何百万人もの死者: 

平壌の核弾頭は余りにも小型で、軍事基地や空港、その他の施設を選択的に攻撃することには向かない。その結果、大っぴらな紛争の場合は、平壌にはただひとつの選択肢が残される。それは米国の同盟国である韓国と日本の人口が密集している首都へ向けてすべての核弾頭を発射することである。

ザグレクはソウル(総人口は2,410万人、人口密度は8,800/平方キロ)と東京(総人口は3,800万人、人口密度は4,440/平方キロ)に対して想定される核攻撃がもたらす影響を推算した。この推算は核弾頭の能力によって大きく変化するが、七つのシナリオを用意した。

また、北朝鮮が所有する核弾頭のすべてが目標の場所に到達するとは限らないとこの専門家は指摘している。

















Photo-3: © AFP 2017/ JUNG Yeon-Je

「韓国は北朝鮮からのミサイル攻撃から自国を防護するためにTHAADシステムを一基配備している。日本はイージス・アショアABMシステムを導入しようとしている。したがって、北朝鮮が所有する25基のミサイルのすべてが目標とする首都の上空で爆発を起こすとは限らない。犠牲者数の推算に当たっては、核爆発の可能性を三段階の水準に分けて推算をした。つまり、2050および80パーセントの弾頭が爆発する場合を想定している」と分析報告書は述べている。

この専門家が推算を行ったシナリオにはふたつの首都のどちらかが攻撃を受けた場合、ふたつの首都が両方とも攻撃を受けた場合、最低あるいは最高レベルの破壊力を持つ弾頭によって攻撃を受けた場合、等のさまざまな条件が網羅されている。

20パーセントの弾頭が爆発するシナリオでは、さまざまな破壊力を持つ弾頭による攻撃は両市に60万人の死者をもたらし、2百万人近い負傷者が出る。同一のシナリオで80パーセントの核弾頭が爆発する場合には、210万人の死者をもたらし、750万人の負傷者が出る。


武力の誇示: 

「これらの推算が如何に正確であっても、朝鮮半島での核兵器による紛争が実際に起こる可能性はほとんどゼロに近い」と専門家らは言う。両国の指導者が喋る内容は非常に好戦的に聞こえるのは事実であるが、米国のドナルト・トランプ大統領や北朝鮮の指導者である金正恩の両者は世界を消滅させる核戦争を引き起こすような行動をとることはあり得ない。 

「今、時がどちらかの味方をしているとすれば、それは北朝鮮の指導者の手中にある。北朝鮮がいろいろな種類のミサイルを手に入れれば入れる程、ワシントン政府にとっては軍事的解決策に頼ることがより難しくなるのだ。事実、米国にとっては相手を執拗に責めることだけだ」と、ロシアの軍事専門家であるミハイル・ホダレンコはスプートニクに対してそう述べた。

















Photo-4: © AP Photo/ Korean Central News Agency/Korea News Service via AP, File

同じく、ロシア科学アカデミー極東研究所の上席研究員であるエウゲニイ・キムは平壌によるミサイルの発射は挑発や脅しを目的にしているわけではないと指摘する。平壌のプログラムの真の目標は北朝鮮の抑止力をまともな水準にまで引き上げることにある。

「有効な核兵器を実現した時、北朝鮮の指導部は比較的安全になったと感じて、一方的に緊張を高めるために火に油を注ぐような振舞いは中断することであろう」とこの専門家は述べている。 
<引用終了>


これで、全文の仮訳は終了した。

過去の戦争の歴史を見ると、実際の開戦は軍部の意向、特に、現地司令官の考え方や意向によって作戦行動が開始されてしまうという実例がたくさんある。明らかに、これは軍部の先走りである。政府がどのように考えているのかを配慮した上での行動ではない。最悪の場合、政府は軍部の行動を追認し、辻褄を合わせることになる。

最初は通常兵器による武力衝突ではあっても、朝鮮半島においてはそれがどこかの時点で核戦争に進化するかも知れないのだ。その場合、最大の敗者は韓国と日本だ。

特に、米ロ間あるいは米中間の文化的な相違から来る相手の思考形態に関する誤判断や誤算が起こることが私には最大級の恐怖である。たとえば、ロシア人の専門家の推測は常識的に理解することができるけれども、彼らの世界観が米国の極端に好戦的な将軍や将校、ネオコン、ならびに、メディアにも通用するという保証はまったくない。米国で昨年から今年にかけて1年以上も続いているロシアゲートがいい事例ではないか。


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この引用記事には原典 [4] がある。特に図表に注目して、原典を覗いてみたいと思う。われわれの理解を深めるために図表の一部をお借りすると、下記のような具合だ。起こり得る条件の組み合わせについて詳細な検討を行っている著者の姿勢がここにはっきりと見えて来る。



Photo-5: ソウルでの死者・負傷者数の推算値



Photo-6: 東京での死者・負傷者数の推算値


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こんなに多くの被害者が出る選択肢は、もしもこれを選択したとしたら、その政治家にとっては不可避的に政治的自殺行為になることを示唆している。

一般大衆の虐殺を意味するような行為を選択した一国の指導者の無分別さに関しては、一般庶民からは猛攻撃を受けるに違いない。後世の歴史家からも厳しい批判に曝されることだろう。政治家は自分の名前がいい意味で歴史に刻まれることを渇望するし、それは相対的にかなり高い優先順位にあるのではないか。この北朝鮮問題をめぐっては、どの選択肢を採用するかによって名前の刻まれ方は両極端に分かれる。たとえ歴史に名が残される形態は両国で大きく異なるにしても、米国の社会であっても、北朝鮮の社会であっても、政治家が辿りつく最終的な判断基準にはたいして大きな違いはないような気がするし、むしろ、そうあって欲しいと思う。

さまざまな議論がある中で、専門家の見方は「これらの推算が如何に正確であっても、朝鮮半島での核兵器による紛争が実際に起こる可能性はほとんどゼロに近い」とのこと。私はこの見方が間違いないものであることを願うばかりである。




参照:

1核の標的は「米国のみ」 訪露の北高官、対米けん制: 産経新聞、20171020

2: 北の核攻撃、東京・ソウルで死者210万人試算: 読売新聞、2017105

3Report Reveals Possible Aftermath of Hypothetical N Korean Nuclear Attack: By Sputnik, Oct/07/2017, sputniknews.com/.../201710071058029655-north-kore...

4A Hypothetical Nuclear Attack on Seoul and Tokyo: The Human Cost of War on the Korean Peninsula: By Michael J. Zagurek Jr., Oct/04/2017





2017年10月20日金曜日

ロシアのミサイルの射程距離は米国のミサイルの2倍もある - シリアではこのことが決定的な役割を果たしている



シリア紛争はアサド大統領が率いる政府軍と反政府武装勢力との間の武力闘争である。反政府武装勢力からの攻撃を受けて、シリア政府軍は後退に次ぐ後退を強いられていた。しかしながら、この戦いの形勢はある時点で逆転した。

その切っかけはロシア空軍がシリア政府軍を支援し始めた2015930日に遡る。シリア政府からの要請を受けて、その日、ロシアのプーチン大統領は連邦院(上院)に対してシリアへのロシア軍投入を認めるよう提案し、即刻了承された。こうして、シリアではシリア政府軍を支援するために、ロシア空軍による反政府勢力に対する空爆が始まった。これらの空爆は地中海沿岸のタルトスにあるロシア海軍基地の近くに新設されたフメイミム空軍基地から飛びたつロシア空軍機によって実施された。 

次にやって来た節目はその7日後であった。ロシアのカスピ海に本拠を置く比較的小型のロシア海軍艦艇から行われた巡航ミサイル攻撃である。発射された26発の「カリブル」ミサイル(3M14T)はイランとイラクの上空を通過して、約1500キロを飛行し、シリアの反武装勢力の拠点を11カ所破壊した。しかも、発射されたミサイルはすべてが目標を正確に捉えたのである。この出来事は西側軍事専門家の度肝を抜いた。要するに、カスピ海上のちっぽけな艦隊が実戦でみせた巡航ミサイル攻撃はロシア海軍の戦力投射能力がかなり高いことを西側に初めて見せつけたのである。さらには、地中海の海中に潜む潜水艦からの巡航ミサイル攻撃も新たに加わった。128日、ロシア海軍のデイーゼル駆動潜水艦から水中発射された巡航ミサイルがイスラム国の拠点を破壊したのである。

米国のトマホーク巡航ミサイルが実戦配備され、その活躍が華々しく報道され始めた時期は米国が推進した湾岸戦争(1990年)やコソボ紛争の際にNATO軍がセルビアに対して行った空爆(1999年)、イラク戦争(20032011年)の頃であったと思う。

ロシアにとっては、シリアでのカリブル巡航ミサイルの使用は実戦での経験として非常に重要な意味を持っている。今後、射程距離がさらに拡大され、核弾頭の搭載や超音速飛行といった新たな付加価値を付けることによって、より遠隔地から、相手に探知されることもなく発射することが可能となる。しかも、精密誘導によって目標を正確に捉えることができる巡航ミサイルの役割は大きくなるばかりであろう。

少しばかり時間を遡ってみよう。2015107日、シリアにおけるイスラム国の軍事拠点に向けてカスピ海上のロシア艦艇から巡航ミサイル攻撃が行われた。109日、ペルシャ湾上に配備されていた米海軍の空母「セオドーア・ルーズベルト」とその攻撃部隊はペルシャ湾から離脱した、と米国の星条旗新聞が報道した [1]

これによって、2007年以降では初めてペルシャ湾上への米空母の配備が中断された。代わりにやって来る空母に関する報道はない。米空母軍団はその存在こそが重要なんだという見方もあり、時には実際にそのような場面があったのは事実であるが、戦局としては非常に重要であると思われる時に、つまり、シリアだけではなく、イラクやイエメンでの軍事行動が激しくなっている中で取られたこの米海軍の行動は素人であるわれわれには理解することが難しい。

どの説明が当を得ているのかを私が断定することは出来ない。しかしながら、米空母がペルシャ湾から離脱した事実を念頭に置きながら、戦場で新たな主役となって来ている巡航ミサイルに関して、本日は興味深い記事 [2] を皆さんと共有してみようと思う。


<引用開始>


















Photo-1:地中海から最近シリアに向けて発射されたロシアの巡航ミサイル

武器について語る時、その大きさは極めて重要であり、射程距離や速度も然りである。ロシアからシリアに派遣されている比較的小さな作戦部隊に関しては大きな混乱があるようだ。

この混乱振りをもっとも端的に示しているのはシリアにおけるロシア軍、つまり、フメイミム空軍基地を攻撃することが可能であるかどうかについての議論だ。この議論は終わることもなく続いている。ロシア軍に対して米国が派遣することが可能な米軍の大きさを考える場合、この種の攻撃は果たしてロシア人を「撃退する」のに成功するのであろうか? 

巡航ミサイルを搭載した潜水艦や艦艇に関してロシアのニュース報道がある。素晴らしい内容だ。


これは道理にかなった質問である。しかしながら、極めて素人っぽい質問でもある。事実、米国では多くの重要人物が、このような恐るべきシナリオを考るだけではなく、そのような考えを実際に推進しようとさえしている。ラルフ・ピーターズ中佐はロシア攻撃を論じる際には遠慮なくものを言う人物だ。事実、彼はロシア人と戦う手法について処方箋を書くに当たっては実に単刀直入だ。彼はこう言った。これはかなり急速にコントロールを失うだろう。そうなった場合、われわれは迅速に、しかも、徹底的に勝利を収めて、この戦いをシリア国内だけに封じ込めなければならない。

ピーターズ、ならびに、彼が代弁する米国の軍人や政治家はクラウゼヴィッツやモルトケおよびガデリアンといった過去の戦略専門家に頼っていることは明らかではあるが、フメイミムやシリア国内の他のあらゆる場所においてロシア人を爆撃し、彼らを石器時代に逆戻りさせることに米国が成功するかどうかという議論はその存在感を失う。真剣さがまったく無いのだ。 

もちろん、米国はフメイミムに対して伝統的な方式で自由に裁量することが可能な手段は何でも活用することができる。ロシアが彼の地に所有する物は、それが何であっても、最終的には圧倒してしまうだろう。何機かのSU-35戦闘機から始まって、S-300S-400の対空防衛ミサイルに至るまで何でもだ。そして、多分、すべての出来事をシリア国内に封じ込めるというピーターズの夢を現実にすることは可能なのかも知れない。ロシアを除く他の国であったならば、この考えはうまく行くことだろう。

ここで問題となるのはロシアが核大国であるという点ではない。このことは皆が知っている。米国でもっとも狂気じみたロシア人嫌いでさえあっても、たとえ僅かな程度であるとは言え、このことは分かっており、自分たちがロシア本国を核攻撃するといった思いも寄らないことを仕出かした暁には、自分たちの愛する家族は皆が一瞬にして放射能の塵に帰してしまうという概念を掴んでいる。しかしながら、シリアの場合はいささか違う。つまり、核戦争へ展開するかどうかは通常兵器による戦いで決定的な優位性を持つ者によってコントロールされるであろうと思えるからだ。

問題は通常兵力による戦争だ。これは米軍が過去30数年にわたって自慢げに対処して来た方式であって、まさにその種の紛争のことである。まさに、これは米国は如何なる敵であっても対処することが可能だとして自慢して来たものだ。

このことの根底には、過剰とも言える独断的な対応が成され、遠隔地から発射される攻撃兵器に関する自信は米国にとっては本物の利点であり、それと同時に本物ではないのだ。ユーゴスラビアに対する攻撃においては、セルビアのような国の旧式になった対空防衛システムの手が届かない遠隔地からでさえも米軍は同防空システムを速やかに圧倒することが出来るということを如実に示した。トマホーク巡航ミサイルが使用されたのである。何千個ものミサイルがセルビアに向けて打ち込まれ、セルビアの防空システムは最初の23週間の攻撃の後にはほとんど無用の長物となった。

しかし、ここに米国の問題点がある。ロシアはシリアの国境から十分に離れた場所から、必要に応じて何時でも、この通常兵器による仮想的な紛争に応じることが出来る。私はたとえばウクライナのような他の戦略的な戦場について話しをしているわけではない。ウクライナではロシアはシリアにおける仮想的な「敗北」を「相殺する」ことが可能だ。何故かと言うと、これは純粋に技術論的な話であって、ロシアはシリアにおいて通常兵器による報復攻撃を行うことが可能だ。中東全域で可能なのである。 

事実、ロシア軍は遠隔地から使用することが可能で、もっとも近代的な精密攻撃兵器を所有している。これらの兵器は全世界が見守る中で実際に使用され、その威力を示した。

これこそがシリアにおけるロシア派遣軍を「打ちのめす」と言う議論のすべてを素人っぽく見せる理由である。 

戦争は戦闘相手の間で行われる撃ち合いを遥かに超える。戦争は実際に銃弾が飛び交う時点よりも遥かに前から作戦室や政治家のオフィスで始まっている。シリアにおけるロシア派遣軍が2005年に配備されていたならば、ラルフ・ピーターズのシナリオを想像することには何らの問題もなかったであろう。

しかし、今は2005年ではない。部屋に居る800ポンドにもなる巨大なゴリラ [訳注:「部屋にいる象」とか「部屋にいるゴリラ」とは誰もが認識してはいるが、話したくはない物事を指す表現] はロシアの遠隔地から運用される攻撃兵器の能力だ。単純に言って、これは米国のミサイルよりも遥かに優れており、フメイミム空軍基地が通常兵力による攻撃に曝された場合には、この地域の米軍拠点に対する大々的な報復攻撃作戦のドアを開くことになるだろう。 

昨日、シリアではデリゾールの近傍でいわゆる同盟軍の「支援」の下でもたらされたと報じられているアサポフ中将の死を受けて、ロシアの戦略空軍はシリアのISIS拠点に対してX-101型長距離ステルス巡航ミサイルによる攻撃を開始した。ロシアが5,500キロを超す射程距離を持つ巡航ミサイルを使用していることは今や初耳ではないし、東地中海やカスピ海の何処からでも2,500キロ強の射程距離を持つ3M14型カリブル・ミサイルを発射することができるという事実は今やニュースにもならない。

これらの射程距離は2,500キロの射程距離を持つ米国のTLAM-A ブロックーII型トマホーク・ミサイルや現在もっとも多く生産されている1,600キロの射程距離を持つTLAMブロックーIV型よりも優れている。

これらの米国製ミサイルはジグザクのコースを取ることも出来るし、飛行中の目標を撃墜することも可能だ、とレイセオン社は言う。彼らが言わんとしていることはすべてが素晴らしいし、格好がいいけれども、重要な点は射程距離と精度であり、これらの点については、米国側は、控え目に言っても、トップではない。射程距離は前代未聞の作戦上の柔軟性をもたらし、昨日行われたロシアのTu-95「ベアー」戦略爆撃機からの発射は非常に深刻なメッセージを含んでいる。ここで重要なのはX-101の射程距離 [訳注: X-101の射程距離は4,500キロ] そのものではなく、それよりもさらに長い10,000キロ近辺の射程距離を持つミサイルの調達が始まったという事実だ。また、もうひとつの重要なメッセージはこれらのミサイルがイランやイラクの領空から発射されたという点だ。彼らはそうする必要はなく、ミサイルの発射はカスピ海地域からでも行うことが出来た筈だ。しかし、ベアー爆撃機はイランの領空でロシア空軍のSu-30Su-35戦闘機によって援護されている間にミサイルを発射した。ロシアはこの地域にある米軍の如何なる地上拠点に対してさえも攻撃する能力を示していることは別にしても、何か不吉な予兆を与えた。 

想像を絶するような、決して起こり得ないわけではないことが起こった場合、つまり、米国がシリア国内のロシア軍を攻撃した場合、イランは脇から見ているだけではない。そうしたいのか、あるいは、そうしたくはないのかには関わらず、イランは直ちに「参戦」するということを十分に承知している。つまり、論理としては、核兵器を除いては、すべての方策が失敗に終わりそうな時、どうして最善を尽くそうとはしないのかということだ。イランはロシア軍を自国側につけ、自国の領空に維持することが出来る。明らかに、これは強力な支援となる。しかしながら、ロシアと米国の間で通常兵器による紛争が勃発した場合、これはもうひとつの深刻な作戦上の可能性を招くことになるかも知れない。ネオコン連中は軍事的には何も理解せず、戦略上の現実には無関心であることから、これはまさに彼らが夢にまで見て来たシナリオである。

避けることが出来ない感情論はひとまず脇に置いて、物事の現実に注視すると、2010年に採用され、2014年に再確認されているロシアの軍事ドクトリンは、その第26条に記述されているように、遠隔地から精密攻撃兵器を使用することが戦略的に(敵の)戦力を封じ込める上で重要であると言う。ロシアは米国との戦争は望んではいない。しかし、無理矢理に戦争に押しやられた場合、ロシアはカタールにあるアメリカ中央軍のような米軍地上施設を攻撃することは完全に可能であるばかりではなく、もっと重要な点としては、ペルシャ湾上の海軍拠点を攻撃することさえも可能である。

Tu-160Tu-95といった66機の長距離戦略爆撃機は別にして、ロシアは100機以上のTU-22M3爆撃機を所有する。 これらの爆撃機の多くは空中給油が可能であり、相手をたじろがせる武器であるX-32 (Kh-32)型巡航ミサイルを装備している。このミサイルの射程距離は1,000キロで、その速度はマッハ4.2である。本ミサイルは地上の如何なる目標でさえも攻撃することが可能であり、それだけではなく、その主要設計目標は海上を移動するものは何であっても攻撃する能力を備えることにある。

このミサイルを迎撃することは、たとえ可能であるとしても、極めて困難である。一斉発射の場合はなおさらのことだ。昨日の事例が見事に示してくれているように、最悪のシナリオが生じた場合、イランはこれらのTU-22M3型爆撃機が自国の領空で作戦を展開することを許容することにはやぶさかではない。ダーラーブ地域のどこかの地点から一斉に発射されるミサイルはペルシャ湾全域を網羅するだけではなく、如何なる海軍に対してでもオマン湾を封鎖することが可能だ。

シリアでロシアを相手にして通常兵器による戦争が起こった場合、如何なる艦船も、如何なる空母打撃群もこの海域に近づくことはできなくなる。これは戦略的な意味合いにおいてはとてつもなく大きな意味を持っている。2015107日にカスピ海から一斉に発射された3M14ミサイルでさえもが米空母セオドア・ルーズベルトとその打撃群はそそくさとペルシャ湾から離脱したとの印象をもたらした程である。

さらに言えば、この単純でたったひとつの作戦的な事実こそがロシアの比較的小さな派遣軍がシリアにおいて過去2年間にもわたって実に効果的な作戦を展開し、実際に地上の状況を決定づけ、作戦区域に影響を与えることを可能とさせた理由なのである。答えは簡単だ。つまり、何人かのアドレナリンが過剰な連中を檻に入れてサメがたむろしている水中に降ろし、サメと対面させる。彼らとサメとの間には金属の棒があるだけ。しかし、水上のボート上には銃を手にした男が常に監視をしている。何らかの理由で檻に緊急事態が起こった場合にはその銃を使うことができるようにするためだ。

シリアにおけるロシアからの派遣軍は単なる軍事基地ではない。彼らは十分な軍事的投影力や能力を持ったロシア軍と密に統合されており、それは如何なる敵に対しても非常に不愉快な選択肢に直面させることができる軍事力である。事実、限度いっぱいにまで展開するかどうかをコントロールしているのは米国ではなく、ロシアである。このことはシリアでの戦争の終末がはっきりと見え始めた頃から米国のメディアで止めどもなく続いている反ロ・ヒステリーの現状をうまく説明してくれる。上記に述べた内容はすべてが単なる憶測でしかないことを祈り、現実の生活に基盤を置くようなものではないことを希望したい。これらのシナリオが現実のものとならないならば、すべてがいい方向に向かう。

出典: The Unz Review

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

最後まで読んで、著者が表題によって言い表したかった意味がはっきりと分かった。ロシアのロケット技術の凄さはロシアが米国へロケットエンジンを今でも輸出している事実がその一面を物語っている。

そして、この記事だ。

著者はロシアの現状に関してここで重要なのはX-101の射程距離 [訳注: X-101の射程距離は4,500キロ] そのものではなく、それよりもさらに長い10,000キロ近辺の射程距離を持つミサイルの調達が始まったという事実だと言う。弾道ミサイルではすでに10,000キロの射程距離は実現されている。巡航ミサイルは、遅かれ早かれ、10,000キロの射程距離を実現することだろう。また、それとは別の開発の方向として、超音速のミサイルがある。しかも、マッハ5を越すような速度だ。そこまで行くと、今の技術では迎撃は極端にむずかしくなる。

また、著者は2015107日にカスピ海から一斉に発射された3M14ミサイルでさえもが米空母セオドア・ルーズベルトとその打撃群はそそくさとペルシャ湾から離脱したとの印象をもたらした程であると述べている。私自身も、当時、カスピ海からシリアのISISに向けて発射されたカリブル巡航ミサイルの威力を見せつけられて、米空母はペルシャ湾から逃げ出したのだとの印象を抱いた。しかし、インターネットで情報を検索してみると、空母セオドア・ルーズベルトは以前から点検保守の予定が決まっていたという事実が判明した。201586日の記事 [3] によると、米海軍の職員の説明として、「米海軍は、この秋、ペルシャ湾上への米空母の配備は継続することができないだろう」と報道されていた。点検整備のためだ。世界をアッと言わせたカリブル巡航ミサイルのカスピ海からの発射はそれよりも2か月後の107日のことであった。それ故、ここに引用した記事の著者は「・・・との印象をもたらした程であると記述したのであろう。事実ではなく、あくまでも印象である。

新冷戦が始まったことにより、先制攻撃における優位性を確立しようとして、米ロ間の軍拡競争は激しくなるばかりだ、と私の目には映る。世界は自滅の方向へと向かっている。これは一般大衆が望んでいるものではない。一部の政治家や軍産複合体を代弁する好戦的なネオコン連中、批評家、退役将軍らが商業メディアを駆使して、しゃにむに推進しているものだ。不思議なことには、彼らはこの体制を民主主義と呼んでいる。 



参照:

1As USS Theodore Roosevelt exits, US has no carriers in Persian Gulf: By CHRIS CHURCH, STARS AND STRIPES, Oct/09/2015

2Russian Missiles Have 2X the Range of US’s – It’s a Big Deal in Syria: By Andrei Martyanov, RUSSIAINSIDER, Oct/12/2017

3U.S. won’t have aircraft carrier in Persian Gulf for at least 2 months: By Barbara Starr, CNN Pentagon Correspondent, Aug/06/2015